ジンバブエへ
ヨハネスブルグで打ち合わせを終えた後、次に向かうケープタウンまでに、一日半あったので、一泊二日の強行スケジュールで空路ジンバブエへ向かいました。
アフリカ・・・しかも南アフリカに何度も来ることは叶わないでしょうから、一分一秒も無駄にしたくなかったんですよね。
ジンバブエは1980年にローデシアというイギリスの統治領から独立しました。
僕が小学生の時の地理の時間に、
「もっとも最近独立国になったのは、アフリカのジンバブエと言う国です。」
と先生に教えられ、地図帳の国の名前を書き換えた覚えがあるので、強烈に記憶にあるのです。
子供の時は、国の名前が変わるなんて考えられなかったですから、ものすごく不思議だったことを覚えています。
ジンバブエは、国外メディアの報道規制は厳しく、CNNやBBCをはじめとした国外マスコミの取材が禁止されているそうです。
また経済的にも安定しているとはいえず、通貨であるジンバブエドルは世界で最も価値の低い通貨トップ5に入っているそうで、インフレ率も激しく、500000000(5億)ジンバブエドルなどという札も存在します。先日読んだ経済誌には、昨年のジンバブエのインフレ率は16万5000%であったと記載がありました。想像を絶しますね。
この画像は「zimbabwe.net」からお借りしました。
こうした経済状況の中、ジンバブエとザンビアの国境にある「ビクトリアの滝」は海外通貨を稼ぐには絶好の観光ポイントになっています。
僕は、1997年に北米のナイアガラの滝に行きました。2007年には南米イグアスの滝に行ったので、どうしてもこの目で世界三大瀑布の最後の一つ。ビクトリアの滝をこの目で見てみたかったのです。
ちなみに上の写真は、空港で初めて見たジンバブエ航空の機体の写真です。
飛行機が大好きなものですから、ついつい写真も飛行機の写真ばかりですみません。
「南アフリカ航空の機体と何が違うのかわからない」
とクリニックのスタッフに言われてしまいました。
全然デザインが違うんだけどなぁ・・・。
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