ロシアに滞在したのはこれで二度目でした。
今までも出張した各国独自の医療政策について個人的にまとめてきていますので、今回はロシアの医療政策についてまとめておきたいと思います。
まずは、ソ連~ロシアという巨大社会主義国家の歴史を簡単におさらいしておきましょう。
1917年にレーニンにより結成された共産主義がロシア帝政に代わって政権を取り、世界に初めて社会主義国家という“スーパーパワー”が出現します。
'89年にベルリンの壁が取り払われ、'91年にソ連邦が解体されることによって、69年間続いたこの時代は終わりました。
社会主義というある意味での「理想国家」が、試行錯誤を繰り返しながらも様々な矛盾を抱えて終焉したのです。
社会主義施政下の当時、医療も「無料」で提供されていました。
医師および看護師の増員や公的病院、診療所の増設を国家がすべて行い、国民から医療費を徴収しないという、公的な「無料医療」が施行されていたのです。
しかしながら、ソ連解体後の翌年、1992年には早くもロシアの医療状況は崩壊状態に陥いります。
ある意味当然ですよね。
新生ロシアにおける医療の現状を調べる過程でまず驚いたことは、医療にかける国の予算の驚くべき低さです。
国民医療費が国民総生産の2.2%しかないのです。
計算すると、国民1人当たりの医療費を年間250ドルしか、国で予算計上していない、ということになります。
年間250ドル。為替計算してみてください。びっくりしますよね。
この予算でひとりの病人に対しなにができるでしょう? 治療を担当する医師、看護士他スタッフ、機器、薬品、施設にどどういった比率で何を配分できるでしょう?
病人を健康に導くためにできることが確実に限定されてしまいますから、満足できるレベルで公的医療を施行するのは、事実上不可能だということになります。
ちなみに日本の医療機関において、初診で診療するのにかかる金額は、10割負担でも約3,000円。
これは何を意味するかというと、医師が受け取る初診診療の対価がひとりの患者さんにつき3,000円であるということを意味します。
対してロシアでの初診料は、約15,000円。
医師への対価が単純に日本の5倍という計算になります。
通常ヨーロッパでは初診料は100ユーロぐらいはしますので、日本が国際的には安すぎるわけでこれは別の議論が必要な領域ですが、とはいえ、様々な事情を差し引いても物価がロシアと日本では違います。
単純な5倍計算では成り立ちません。
さらに摩訶不思議なことに日本や他国だったら、診察を行うその場で済んでしまう簡易な治療や医療施術も、ロシアでは一旦病院に入院しないと受けることができません。
どうしてなのか理由はよくわかりませんが、入院すれば当然諸経費は跳ね上がりますから、ロシアの平均所得に対して医療費は非常に、非常に高額だということは確実に言えます。
最近ロシアでは自由企業も奨励されているので、私的医療施設の進出が盛んになりつつあります。けれど、診療費が公的施設のさらに数倍高額であるため、富裕層のみが利用しているようです。
公的施設での診療は税金で維持されていますが、大半の医療機関は老朽化が激しく機器や建物の老朽化は常に問題となっています。
ロシアの医師や看護師の診療レベルも、国際的にみると決して高いものではありません。優秀な人材はいることと思いますが、育てきれない現状があるようです。
教育・研究の問題もありますが、社会主義国家において、医師は人気のある職業ではありませんから優秀な人材は他の職業に流れてしまうという背景もあるでしょう。
不眠不休で、しかも人の命を預かる責任重い仕事をしても、他の職業と給与が一律であれば、人気が出ないのもある意味自明の理ですよね。
社会主義国家が崩壊してまだ20年ですから、新しい価値観の元医師の育成がまだ追いついていないのも当然と言えるでしょう。
こうした背景により、ロシア国民の80%は伝統医療や自然療法に依存し、重病以外は医師の診療を受けないというのが通例となっているようです。
感染症や急性疾患に強い西洋医療に関わることができないということは、そのまま乳幼児および高齢者の死亡率に繋がります。平均寿命は60歳前後という状態です。
医療技術の問題も良く討議されます。
チェルノブイリの事故の際に、小児の甲状腺がんの手術の祭に、首を横断する様な大きな切開の傷跡を残されているのをみて、現松本市長、信州大学元第二外科助教授であった菅谷昭先生が単身ベラルーシに飛び、5年半もの期間、甲状腺がんの首の傷跡の小さな手術を広められたことがNHKの「プロジェクトX」でも取り上げられましたが、ご覧になった方はいらっしゃるでしょうか?
僕も学生の時に菅谷先生の講義を受けた記憶がありますよ。
また、96年には,ロシア大統領ボーリス・エリツィン元大統領の冠動脈バイパス手術の際には、結果的にロシア国内で信頼に値する医師がおらず、全米最大の心臓医療センターであるテキサス・メディカル・センターのマイケル・E・ドゥベイキー医師(1908年生まれ、元ベイラー医科大学学長)のチームが招聘されたことが記憶にありますね。
DeBakey(ドゥベイキー)医師は大動脈解離の分類をしたことで、医学史に名前が残っています。
ロシアの医療で誇るべき技術もあります。
そのひとつは、「アロプラント(Alloplant)」―すなわち、死体線維から得られる人体医用材料の技術です。
人間の死体は、臓器、組織、細胞、遺伝子などの各レベルにおいて、移植用、医薬品製造用、薬物試験用、医学実験・研究用など、さまざまな目的で広範に利用され始めているのです。
約10年前に、狂牛病の話題が出た際に、クロイツフェルト・ヤコブ病の原因となる汚染されたヒト乾燥死体硬膜が日本の医療機関でも広く使用されていることが判明しましたが、このヒト乾燥硬膜は商品化したヒト組織の典型例ですよね。
しかしながら、このアロプラントを使用することで、網膜色素変性症、糖尿病網膜症、加齢黄色黄斑変性、視覚神経萎縮症、緑内障、進行性近視、早産児網膜症などと言った今まで治療が不可能であった、とくに眼科系の疾患の治療の道筋を見いだすことができました。
ロシアでは特に身元不明の死体は、細かく分離され医療の商材にされるのです。日本人には死体ストックして商材化することなど、なんともなじめない文化習慣ですが、国によって当然倫理基準は違います。
ここでは医療テクノロジーが人体を医療資源化し、市場経済がそれを商品化する図式が成り立っているのです。
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