カテゴリー「音楽 ミュージカル」の16件の記事

2014年12月18日 (木)

宝塚OG姿月あさと・湖月わたる・朝海ひかるによるCHICAGO

有楽町にある国際フォーラムにて、宝塚の公演を観劇しました。

宝塚の公演といっても、OGによるスペシャルバージョン。内容はあのブロードウェイミュージカル「CHICAGO」です。

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メアリー・サンシャイン以外、演者はすべて女性という全世界でもなかなか観られないこの舞台。

ご覧頂けるようにトリプルキャストになっていましたが、特に姿月あさとさんのビリー・フリンが観られる会は大人気ですぐにチケットが売り切れてしまったそうです。

今回その姿月バージョン、しかも最終日に伺うことができました。

著名人や宝塚の方も多数いらしていましたよ。

大好きなミュージカルCHICAGOを日本語で初めて観ましたが・・・不思議と違和感なかったですね。

しかし、あの国際フォーラムの3階席までびっしりと埋め尽くす女性ファンの数。姿月あさとさん・湖月わたるさん・朝海ひかるさんというトップスターの成せる業なのでしょうが、圧倒されました。

まず朝海さん・湖月さんののびやかなパフォーマンスがあり、その後姿月さんが舞台に姿を現すと、一瞬にして劇場の温度がうわっと上がります。

あれはちょっと初めての経験でした。独特です。

聞けば姿月あさとさんというのは僕と同級生なんだそうで・・・しかも同じ3月生まれなのだとか。

僕の何百倍、いや何千倍女性にモテるのでしょうね(笑)?

また、ブロードウェイの演者に引けを決してとらない湖月さんヴェルマのダンスと迫力は長身を生かして素晴らしくダイナミック。舞台映えとはこういうことを言うのかというかんじでした。

朝海さんのコケティッシュなロキシーもとても良かったです。

3階席の遠くからでしたが、オペラグラスを駆使して楽しめました。

良い休診日でした。

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2014年7月15日 (火)

アマゾンからディズニー映画「アナと雪の女王」

ディズニー映画「アナと雪の女王」、もう何度も観られている方が多いみたいですね。

僕自身はなかなか映画館まで足を運ぶ余裕はないものの、出張で飛行機に乗るたびに機内で上映される映画ラインアップに入っているので、2度3度と観ています。

先日も、ホノルルのバスの中で、LET IT GOをフランス語で歌っている子供たちがいました。

近代ディズニー映画としては音楽的にも格段に完成度の高い映画で、毎回楽しんで観ていますよ。

こちらは主題歌であるLET IT GOを25ヵ国語で歌わせたYOUTUBEの動画。この動画もまた人気ですよね。

もちろん日本語担当の松たか子さんの歌声も。

※※※

自分自身への忘備録としても書き記しておきますと、クリスティン・アンダーソン=ロペス(英語版)とロバート・ロペスが映画のために書き下ろした最初の楽曲。

ロバート・ロペスはエミー賞、グラミー賞、オスカー(アカデミー賞)、トニー賞の4冠を制覇。

世界で11人しか成し得ていない音楽界のグランドスラム“EGOT”を史上最年少(39歳)で達成した人です。

2004年に「アベニューQ」でトニー賞

2008年と2010年に「The Wonder Pets」でエミー賞

2012年に「ブック・オブ・モルモン」でグラミー賞

2014年に「レット・イット・ゴー」(「アナと雪の女王」の主題歌)でアカデミー歌曲賞を受賞し、この偉業を達成したというわけです。

この歌を歌う歌手として

「ブロードウェイで最も壮麗な歌声で、ミュージカルの花形の1つ」

と称したイディナ・メンゼルを想定して歌を書き下したとのコメントを読みました。

イディナは「レント」のモーリーン役と「ウィキッド」のエルファバ役でブレイクしましたよね。

僕はどちらもニューヨークで観ましたよ。

ボーカルの音域もメンゼルの声域を考慮して作られているのだそうです。

※※※

さて、そんなアナと雪の女王。今日アマゾンで注文していたものがクリニックに届きました。

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自宅でゆっくり映画鑑賞・・・は、今週もちょっと無理かもしれませんが(笑)、楽しみにしておきます。

今日もまだまだ仕事です。がんばります。

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2013年2月14日 (木)

■2013年2月 サンフランシスコ出張⑦ BEACH BLANKET BABYLON BLVD. ビーチ・ブランケット・バビロン

おはようございます。

今日は2月14日木曜日。クリニックFは休診日です。

今週末、2月16日17日に京王プラザホテルで開催される第76回日本皮膚科学会東京支部学術大会にて、イタリアDEKA社の炭酸ガスフラクショナルレーザー「スマートサイドドット」を知る!の演者およびデモンストレーターとしてお声掛け頂いています。

今日は休診日を利用して籠り、プレゼンを作り込もうと思っています。

日程が詰まっているとはいえ、久しぶりに日本語で話ができる発表なので、その点だけちょっと気が楽です(笑)。母国語というのは、偉大ですね。

その前に、サンフランシスコのブログを一つ、上げてしまおうと思います。

**********************

サンフランシスコ滞在初日の夜。

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サンフランシスコ・ピラミッドビルの下からコロンブスストリートを登り、サンフランシスコで最も古くから開かれているミュージカル。

「ビーチ・ブランケット・バビロン」を観に行きました。

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初めての開演が1974年ですから、すでに38年。

1万2千回以上の公演がなされたミュージカルで、これはアメリカでも最高回数なのだそうです。

ご存知でしたか?

コロンブスストリートからちょっと奥まったところにある、ビーチ・ブランケット・バビロン・ブルーバードにある、クラブファガジというのがこの劇場です。

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こちらの建物です。

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ちょうど開演の時に到着しましたが、ちょっと見えにくいですが、長い列です。

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これ以上中での写真撮影は禁止だったので写真はありませんが、サンフランシスコを愛する人達が作ったミュージカル。

サンフランシスコの町並みやサンフランシスコが舞台の懐かしい歌などが出て来て、80年代に洋楽で育った僕はそれだけでも気持ちが盛り上がってしまいました。

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物語の主人公は、あの白雪姫です。

「こんなに可愛いらしい私なのに、結婚したい彼がいないの。」

というセリフから物語は始まります。

彼女は理想の男性を求めて世界中を旅するのです。

ロンドン、パリ、そしてアフリカ、アジアへ。

白雪姫は、数年前の舞台では東京にも旅して来たのですが、今回のバージョンは「カンナムスタイル」に変わっていました。

ちょっと残念でしたね。

体が3頭身ぐらいになってしまう、もの凄く大きなかぶり物をかぶって歌手が出てくるのがこの舞台の特徴。

ヒラリークリントン、オバマ大統領、ミッシェル夫人、エルビスプレスリー、マイケルジャクソンなどが要所要所で登場し、舞台を楽しませてくれます。

アメリカの時事ネタや政治ネタのジョークを入れながら物語は続くのですが、これがおかしくて笑いが止まらないのです。

笑いは免疫細胞の活性を上げる、万病の薬。

僕は一人で観に行ったのですが、同じテーブルの周りの人たちと笑い転げてしまいましたよ。

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帰りには中華街の近くでサラダ一杯のチキン料理を食べて帰ってきました。

食べたものは、赤ワインとこちら。

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ホテルへの夜道を歩いていたら、ジャガーXJ–Sが停まっていました。

いつか乗ってみたいもと憧れていた車なのですが、なんと僕の尊敬するT田先生の愛車がこのXJ-Sだったのです。

お聞きした時は驚きました。

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本当に美しいフォルムですね。

さて、いよいよ翌日は発表です。発表に備えなければなりません。

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2012年2月25日 (土)

オペラ座の怪人の続編 「Love never dies ラブ・ネバー・ダイズ」

おはようございます。

今日2月25日(土)もクリニックFの診療日です。

2月最後の土曜日で、朝から大変混み合っていますが、今日もがんばってゆきたいと思います。

さて、今日は今週日本でも発売された、オペラ座の怪人のブルーレイディスクの話です。

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アンドリュー・ロイド・ウェバーのミュージカル「オペラ座の怪人」は先日25周年を迎えましたが、ロンドンでは続編が作られているのをご存知ですか?

ちょうどロンドンのアデルフィーシアターで2010年から2011年の10月ごろまで約1年間公演されていました。

実はこのアデルフィーシアターは、1992年に僕が初めてミュージカルを観た思い出の場所。ロンドンを旅行していた際、父の友人のイギリス人家族がチケットを取って招待してくれたんですよね。

ラブ・ネバー・ダイズの公演期間中、僕は4回もロンドンに滞在したにもかかわらず、残念ながら観る機会がないまま終幕を迎えてしまいました。

アンドリュー・ロイド・ウェバーは、オペラ座の怪人の続編について、「演出も舞台も素晴らしく、かなりの力作だ」と話していると聞いていました。

とはいえ、「オペラ座の怪人」が大好きな僕としては、1作目の完成度があまりに高かったので、果たして観るべきかどうか逡巡する気持ちもあったのです。

続編を見てがっかりしてしまうのが、ちょっと怖かったんですよね。

でも、その一方でファンとしては最新作のチェックはしておきたい。

揺れる気持ちを行きつ戻りつしつつ、時は流れ(笑)。

2012年現在、オーストラリアのシドニーで唯一観劇ができるのですが、そのメルボルン版がDVDで発売されました。悩んだ末に僕はアマゾンで予約注文。

一昨日届きましたので、早速観てみました。

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舞台は、前作から約10年後という設定。

仮面だけを残して姿を隠してしまった怪人は実は生きていて、大西洋を渡り、ニューヨークのコニーアイランドにある劇場主をしています。

前作でも登場した、マダム•ジリーとメグ•ジリー親子もこの劇団の主要なキャストとして劇団を支えています。

一方、クリスティーヌはラウル子爵と結婚。

男の子に恵まれて、10歳になる息子と三人でパリで暮らしていました。

そんなとき、クリスティーヌは、米国のオスカー•ハマースタイン氏(サウンドオブミュージックの作詞、脚本家のオスカー•ハマースタイン2世の名前を連想しますよね)がNYCに作り上げた、新たな劇場のこけら落としとして、NYの劇場にオペラ歌手として招待されます。

クリスティーヌがニューヨークに来るという噂を聞いた怪人は、密かに迎えの馬車を港に差し向け、クリスティーヌ家族を自分の劇場に招待するのです。

怪人は、この10歳の男の子と接した時に、彼の外見がラウルに似ず、芸術的な感性や音楽の才能がむしろ自分と似ていいることに気づいてしまいます。

この辺りがさまざまな憶測を呼び、予測しえない展開が起こり、結果として新たな結末へと導かれてゆくのです。これ以上はネタバレになってしまいますので、この辺りでやめておきますね。

映画版の結末などの他のオペラ座の怪人のストーリーと矛盾点はありませんし、一つの新しいミュージカルとして楽しめば、ストーリーも音楽も素晴らしいものが多いのですが、結論を言うと、僕は今一つ感情移入ができませんでした…。一年で公演が終わってしまったのもわかるような…。

完成された作品の、本編のストーリーを生かして続編を作るのは、本当に難しいのだと痛感しました。

例外的に正月に観た「ミッションインポッシブル4」はとても楽しめましたし、「007」シリーズも好きですが、それは各ミッションが独立して脚本できるからということと、やはり様々な意味でスケールが違うのかもしれませんね。

僕も何度も見てしまった、ミッション・インポッシブルのトム・クルーズ画像、こちらにリンクを貼っておきます。すごいメイキングです。

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2011年12月24日 (土)

■NY出張2011冬 26 現代版オペラ「ラ・ボエーム」 ロックミュージカル「レント」

NY・ブロードウェイ・ミュージカルの話をもうひとつ。

ミュージカル「RENT」をご存知ですか?

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「RENT」はその名の通り、「RENT=家賃」が支払えないニューヨーク・イーストヴィレッジに住む若者達のクリスマスイブに始まる、お金はないけれど将来がある若者達を描いた作品。

ヒロインの名前はミミ(Mimi)。

つまり、プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」を1990年代初頭のニューヨークに置き換えた構想なのです。

ラ・ボエームは今回もNYCで観ましたし、現在でも世界中で愛されているオペラですが、そのテーマは普遍的なのですよね。

甘美なプッチーニの音楽とは正反対に、RENTの音楽は80’sのMTV世代の作り上げたロックミュージカルと、伝統的なブロードウェイミュージカルの融合した世界。

舞台に登場する若者も、セクシャル マイノリティー(性的少数者)、麻薬中毒者やAIDS患者など、今までの主流のミュージカルの題材ではないような人たち。

この舞台は音楽も振付けも超一流で、ニューヨークの住民の心をがっちりとつかんだのでしょう。

1996年2月13日、オフブロードウェイのニューヨーク・シアター・ワークショップで初演し大成功のうちに、同年4月29日ブロードウェイのネダーランダー劇場に舞台を移しました。

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結局、同年度のトニー賞ミュージカル部門で最優秀作品賞、最優秀脚本賞、最優秀オリジナル作曲賞、最優秀助演男優を受賞、またピューリッツァー賞ドラマ部門でも最優秀作品賞を受賞するなど、数々の栄冠に輝いのです。

その後12年4カ月で連続上演5140回という、当時歴代7位のロングラン公演記録を残して、ブロードウェイのRENTは2008年9月7日に惜しまれながら幕を落とした伝説のミュージカル。

この「RENT」は、若く才能あふれたジョナサン・ラーソンが作詞・作曲・脚本を担当し、ほぼ独力で書き上げたミュージカルとして知られています。

ラーソンは七年の歳月をかけて彼の最初のミュージカルであるこの大作を書き上げたのですが、その開幕を目前にしたプレビュー公演初日の1996年1月25日未明に胸部大動脈瘤破裂によって35歳の若さで急死したのです。

胸部大動脈破裂が35歳でおこるようなことは滅多にないのですが、唯一マルファン症候群は例外です。ラーソンはマルファン症候群を患っていたことに気付かなかったのです。

しかし、これがまたRENTの都市伝説的な人気に結びついたともいわれています。RENTには熱狂的なファンが世界中に多く存在し、彼らは「レントヘッド」と呼ばれています。

僕も初めて見たときに衝撃を受けて、DVDを購入した記憶があります。

その後、日本を含む15ヵ国に世界公演の旅に出たと聞いていたのです。

実は今回のニューヨーク滞在中に、レントがブロードウェイ(正確にはオフブロードウェイ)に戻ってきていると聞いて、早速チケットを取得して観てきました。

NY滞在中インターネットでチケットを手配できるのですから、よい世の中になったものです。

舞台はアヴェニューQが開催している場所と一緒です。

オフブロードウェイで以前の劇場よりも場所は狭かったのですが、久しぶりにあの感動を味わうことができましたよ。

もしご覧になっていなかったら今お勧めです。

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■NY出張2011冬 25 2010年トニー賞受賞作 ミュージカル「メンフィス」

2010年のトニー賞作品賞、脚本賞、楽曲賞などを勝ち取ったミュージカル「メンフィス / Memphis」

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今までチケットが取れなかったのですが、ようやく今回観ることができました。

このミュージカルは、アメリカでロックンロールが生まれるまでの歴史のようなものですね。

白人DJとしてエルビスプレスリーの曲を始めて紹介したことで有名な、デューイー・フィリップスの半生をもとにしたものです。

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中はものすごい混雑です。

舞台は人種差別が残る1950年代のテネシー州メンフィス。

当時は人種隔離政策によって、白人はカントリーミュージックを、黒人は教会で歌う黒人霊歌より発達したブルースを好んで聴いていました。

ブルースは黒人が初めてアメリカ語を使用して作り上げた楽曲だったともいえるのです。

音楽史的にみると、ヨーロッパ由来の白人の音楽は楽譜と音階をもとにした再演が可能な「メロディー」から発達しましたが、黒人の音楽はアフリカの土着の太鼓のような「リズム」から発展したということがいえます。

このリズム感のよさに注目し、主人公ヒューイが当時のタブーを破り、黒人音楽を白人用ラジオ局でオンエアしたことからこの物語は始まります。

ラジオ局には大反対されますが、聴衆には歓迎されます。

DJヒューイとして全米全土に影響を及ぼすようになり、こちらも当時タブーだったのですが、黒人の歌手と恋に落ちるのです。

ミュージカルではたくさんの音楽が流れますが、白人と黒人の音楽が、アメリカンロックンロールへと集結してゆく様が時代を追って変化してゆくのがわかります。

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音楽は素晴らしかったので、それだけでも単純に楽しめますね。

ただし、英語はスラングとかも入っていて、物語を理解しようとすると少し高度です。

このミュージカルの映画版ができる計画がすでにあり、主演役を巡って、ザック・エフロンとジャスティン・ティンバーレイクの2人が競い合っていると現地の雑誌で読みました。

英語に自信のない方は、映画を観てからミュージカルを観てもよさそうですよ。

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2011年10月19日 (水)

オペラ座の怪人 電通四季劇場海

おはようございます。

今日10月19日(水)はクリニックFの診療日です。

明日からのポルトガル出張に向けてクリニックは大忙しです。

出張中は診察はできませんが、電話番をクリニックに残しておりますので、御予約や御質問などはクリニックF(03-3221-6461)にお電話くださいね。

今回のポルトガルはロンドン・ヒースロー経由でとんぼ返りです。帰国は24日。空港からそのまま四谷に戻りその日から外来を再開しますので、またどうぞよろしくお願いいたします。

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さて、ブログではエンタテイメントの話題を。

昨晩は診療後に電通のカレッタ汐留のビルで、劇団四季のオペラ座の怪人を観てきました。

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東京で開催される劇団四季の「オペラ座の怪人」は久しぶり。公演は10月1日に始まりましたが、実に四年半ぶりなのだそうです。

そんな背景もあってか、昨日も報道関係者の方々が、たくさん招待されていましたよ。

最近の劇団四季劇場は、音響が録音に変わっていて、非常に残念に思っていたのですが、昨日の「オペラ座の怪人」は生演奏でした。

録音と生では、迫力が全く違いますよね。とても楽しめました。

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ブログを読んで下さっている方はご存知かもしれませんが、僕は本当にこのミュージカルが大好きで、何度観たかもう分からないぐらい。ニューヨークのブロードウェイでも、ロンドンのウエストエンドでも、そして5年前には日本でも観ています

曲も舞台設定も全て明確に覚えています。

過去にも書きましたが、ここでもう一度おさらいしておきましょう。

ミュージカル「オペラ座の怪人」は、もともとは作曲家アンドリュー・ロイド・ウェバーが妻であったサラ・ブライトマンのために作曲したと言われるミュージカルです。

ファントムの歌も、ラウルの歌も名作ばかりでお好きな方も多いかと思いますが、中でもやはりサラ・ブライトマンが演じたクリスティーヌ・ダーエの曲がほんとうに素晴らしいですよね。

無名だった彼女がミュージカルのストーリイとシンクロするように、これを機に世界中から注目されるようになったのです。

劇中使われるオペラはすべてアンドリューの創作なのですが

「ハンニバル」はヴェルディの「アイーダ」もしくは「アッティラ」

「イルムート」はモーツァルトの「フィガロの結婚」

「ドンファンの勝利」は同じくモーツァルトの「ドンジョバンニ」

を暗示しているのでしょうね。

随所に出てくるオペラの衣装も本格的で、視覚的にも楽しめます。

こちらは現在のパリのオペラ座。

天井画のシャガールが有名ですが、中央のこのシャンデリアが落ちてきたとしたら相当な事故になったでしょうね。

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ところで、怪人の住処となったパリのオペラ座の地下には、実際に地下湖が存在するのはご存知ですか?

現在のパリのオペラ座ガルニエは、ナポレオン・ボナパルトの甥であたるナポレオン3世の治世下1861年に建設が開始され、1875年に完成しました。

地下水脈の多い地域での地上10階地下7階計画の工事は難航し、地底深くの難所の工事で多くの犠牲者もいたのでしょう。最下層に巨大な地下水のプールを作り上げることで、この建物の工事を進めることができたのだそうです。

この地下湖を見て、インスピレーションを受けた作家のガストン・ルルーが、オペラ座に棲みつく怪人の物語を作ったのですが、当時は特に話題になったものでもなかったようです。

この小説に息を吹き込んだのが、天才アンドリュー・ロイド・ウェバー。

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オペラ座で次々と事件を起こし、支配人たちを脅迫するオペラ座の怪人(ファントム)。

一方では、芸術に対する確かな審美眼を持つ人物。優れた作曲家であり歌手であり発明家でもありました。

バレエの端役だったクリスティーヌに歌の才能を見出し、「音楽の天使(Angel of Music)」と称してクリスティーヌをレッスンし、プリマドンナに育て上げます。

ようやく主役としてデビューすることができたクリスティーヌ。

素晴らしい歌唱力を発揮した、成長し完成された彼女を、舞台で偶然見つけたのが、オペラ座の新たなパトロンとなった子爵ラウルだったのです。

ラウルは、クリスティーヌの幼馴染でもありました。

次第にラウルと恋に落ちてゆくクリスティーヌ。

ファントムは悲しみ、深く傷つきます。

その醜さが故に幼き頃に実母にさえ捨てられた過去を持ち、幼いころから愛情を受けることがなかったファントムは、自分が愛する者に対する愛情表現を知らなかったのでしょう。

ファントムはラウルとともに離れてゆくクリスティーヌを、劇場を脅迫することでしか自分に取り戻す手段を知らなかったのです。

そんなファントムの事情を全く理解しない、若く正義感に満ち溢れたラウルによって、ファントムは次第に地下に追われます。

地下での三人の再会の時、クリスティーヌに、

「穢(けが)れているのはあなたの顔ではなくて、あなたの心なの。」

と言われてしまう。

このシーンは本当に切ないですよね。

この時にファントムの心は砕け散るのです。

クリスティーヌが去ったのち、おそらくファントムは地下水脈にその身を投げ込んだのでしょう。

発見されたファントムのマスクにスポットライトが当たるところで幕が落ちます。

何度観ても素晴らしい演出です。

この「オペラ座の怪人」は、NYブロードウェイ史上最長のロングラン公演で、現在でも記録を更新中ですが、それだけ世界の人たちに認められた作品なのですよね。

日本語での四季版もとてもよかったのですが、やはりブロードウェイは「オペラ座の怪人」の専門の劇場ですので、舞台装置の大きさも設備も違います。

僕はまたブロードウェイでの「オペラ座の怪人」を観に行きたくなってしまいましたよ。

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2011年8月21日 (日)

ミュージカル 「ジーザス•クライスト=スーパースター」

この夏に観たミュージカルの話をもうひとつ。

今年は自由劇場で、劇団四季のミュージカル「ジーザス•クライスト=スーパースター」の再演が行われ、行ってきました。

このミュージカルは僕の最もお気に入りの作品の1つ。

今回は結局、四季のエルサレム ヴァージョンと、海外でも評価が高いジャポネスク ヴァージョンの両方を観に行ってしまいました。

「ジーザス•クライスト=スーパースター」は、イエス・キリストつまりジーザス・クライスト最後の7日間を、「裏切り者」とされているユダの視点から描いた“ロックミュージカル”です。

1970年代以降のロンドンミュージカルの第一人者であるアンドリュー・ロイド・ウェーバー (Sir Andrew Lloyd-Webber)が、初期の名コンビであった作詞家ティム・ライス (Sir Tim Rice)と最初に組んで制作したミュージカル。

信じられないことに、二人はまだ20代前半の若者でした。

ティム•ライスは、将来作家になったらユダを主人公にした物語を描きたいと、まだ15歳の時にすでに思っていた、とインタビューに答えている映像を観たことがあります。

ヨーロッパの中心でイエス•キリストについての新しい解釈のミュージカルを作ることが、いかに大胆で勇気があったことか、なかなか想像できませんが、若さならではの反骨のエネルギーにもあふれていたのでしょう。

当然ですが、作った当初は、ロンドンの演劇プロデューサーにことごとく制作を断られ、仕方なくウェーバーとライスは舞台上演の夢をひとまず先送りにし、ストーリー性をもった歌曲の作品として1969年にEPシングル「Superstar」を発表します。

ちなみに「スーパースター」という言葉はちょうど約40年前に使われだした斬新な言葉だったようで、それがジーザス•クライストのイメージにまさに合致したため題目に採用したのだと、後に語っています。

翌70年には「Jesus Christ Superstar」と題した2枚組LPレコードをリリース。

特に有名なこの「スーパースター」の曲。一度耳にしたら忘れられませんよね。

ジーザス役にはなんとディープ・パープルのリードボーカルであったイアン・ギランを迎えて製作されたもので、販売枚数は300万枚を超え、1971年ビルボード年間アルバム部門で1位となる大ヒットとなりました。

このヒットが念願のブロードウェイでの上演の道を切り開きます。マーク・ヘリンジャー劇場における71年の舞台化に繋がるのです。

ブロードウェイでは1973年まで上演、ロンドンでは1980年まで上演が続きました。

初演からすでに40年も経っている舞台ですので、多くのヴァージョンが存在するのですが、どの舞台もイエスの使徒の一人でありながら、イエスを僅かな銀貨で売った「裏切り者」と歴史に名を刻まれている「イスカリオテのユダ」の苦悩の独唱から始まります。

民を救う聖職者としてエルサレムの都に入ることを決心した、青年ジーザス。

しかしながら、ユダはジーザスに対する民衆の期待があまりに大きすぎて、その期待が裏切られたと民衆が感じた時には大きな失望となるだろう。

さらにジーザスの存在がローマ支配下にあるユダヤ人社会を揺るがす危機として認識され、命を狙われるだろうということを見抜き、ジーザスの将来を危惧し、進言するのです。

ここにはユダのジーザスに対する誰よりも深い愛情と、他のどの使徒よりも深い理解があります。

ジーザスが危険な状況に追い込まれることをいち早く察知して、警告を繰り返し、結果として裏切り行為を働くこととなるという解釈で演じられるのです。

一方でジーザスは、聖書に書かれている様な多くの病人を治すといった個々の奇跡を繰り返しつつも、教団主導者に必要である計画性を欠き、聖者としての名声の上に新しい方向性を見いだすことができないでいます。

周囲の自分への熱狂と過度な期待に戸惑い、時に怒り、なげやりになったりするのです。

このような内容は、特にキリスト教信者からみるとあまりにセンセーショナルな内容でした。

71年の公開当時から相当なバッシングと反対運動を受け、劇場が放火されるなどの事件も起こりました。

しかし、そのような事件も含め全ての関連事項が話題を呼び、「TIME」の表紙を飾るほどの社会現象となりました。

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その「TIME」の表題も 「Jesus Christ Superstar Rocks Broadway」

Rockはここでは動詞として使われていて、

「動揺させる」

「(価値観を)揺り動かす」

と解釈すればいいでしょうか。

キリスト教が生活の中に根付いている欧米社会の中で、世界史上最大のベストセラーである聖書の一般常識では、神の子であるイエスが人間界で裏切り者のユダを赦し、神としての存在意義を確固たるものにしたのだと思いますが、

このミュージカルでは12人の使徒のうち、ユダだけが真実に気づいていて、混乱している一人の人間であるジーザスを救うために進言を続けるのです。

キリスト教という宗教は、ある意味「ユダの裏切り(とそれに関連する最後の晩餐)」と「イエスの磔」という二つの大きな“イヴェント”が起こらなければ、現在までは存在しなかった可能性もあるといわれています。

このミュージカルでは、結果としてイエスを裏切ってしまったことに良心を苛まれてユダが首を吊って命を絶つシーンで

「あなたは、私を利用されたのだ。なぜ私を選んだのだ。」

という言葉を残すのです。

ちなみにこのミュージカルでは、エルサレムの乾いた砂漠の中でジーザスの磔のシーンで舞台が終わり、神を連想させる3日後の奇跡の復活のシーンはありません。

あくまで一人の人間としてのジーザスを描いているのだと思います。

僕はいつだったか初めてこのミュージカルを観た時に、衝撃と感動でしばらく席から立つことができなかったのを覚えています。

このミュージカルは劇団四季で73年に浅利慶太さんの演出により初演され、以来約40年。オリジナルの日本語の歌詞もすっかり板について、日本語ヴァージョンでも十分に楽しむことができるようになっています。

DVDもCDもこの通り、数多く販売されていますし、今後も歌詞や表現方法が様々に変化をしてゆくのでしょうが、国内外で再演されるたびに劇場に足を運びたいと思っています。

もしも観ていらっしゃらない方がいたらお奨めします。

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2011年8月18日 (木)

Broadway Musical A Chorus Line

診療の合間や終了後に時間を取れるときは(最近は大学院もあってなかなか難しいですが)、東京でもミュージカルや映画、コンサートなどを観ています。

この夏に観たものをいくつか書いてみますね。

ひとつは、大好きなミュージカル「コーラスライン」。

クリニックから程近い赤坂での上演ということで、抜け出して行って来ました(笑)。

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ぼくがミュージカル「コーラスライン」を初めて観たのはいつだったでしょうか?

「ドリームガールズ」でも知られるマイケル・ベネットによる、ミュージカル界の最高学府ブロードウェイを目指す、様々なバックグランドを持った人たちのインタビューを軸に展開する作品。

アメリカンドリームを実現するために、厳しいレッスンに明け暮れる毎日を送るダンサーが集まったとあるオーディション。

夢を見ながら実力勝負の世界で勝ち残ろうと、誰もが前向きで熱かった良き時代のアメリカがこの作品に集約されている気がします。

夢は叶うもの、そしてたとえ間違えたり挫折しても、やり直そうと頑張ればもう一度チャンスを掴むことはできる、というメッセージが込められた作品なんですよね。

しかし、バレエやオペラのオーディションとは違って、こうしたエンタテイメントに置けるダンサーのオーディション風景というのは、やはりアメリカが舞台であればこそのリアリティのように思います。

マイケルジャクソンの「This is it」DVDの特典ディスクにも厳しいオーディションの中で、役を勝ち取った出演者たちの喜びにあふれたインタビューが収録されていましたが、背後に控える層の厚さがこちらからも見えるようで、その熾烈な戦いを勝ち抜くことの意味が伝わってきます。

ちなみにコーラスラインとは、コーラスつまり役名のないキャスト達が、ダンス等でこれより前に出ないようにと引かれるラインのこと。メインキャストとコーラスを隔てる象徴ともなっていますが、このラインを超えるかどうかが、言葉で表現できないほどの大きな隔たりとなるのです。

ミュージカル「コーラスライン」でもすこしエピソードがあったように、5年後10年後自分はどうしているんだろう? 怪我をしてしまったら? 踊れなくなってしまったら? 自分の代わりはいくらでもいる世界、だからこそこの瞬間にすべてを出し切らなければ・・・。

単なる趣味や生きがいではない、仕事として踊ることへの誇りとある種の刹那的な焦燥感に、観ているほうもついつい感情移入してしまうんですよね。

「コーラスライン」は、20世紀のブロードウェイ・ミュージカルを代表するともいえる作品です。

75年の初演の際には、オフブロードウェイからわずか3か月でオンブロードウェイに劇場を移動。

76年度トニー賞では最優秀作品賞、振付賞を含む9部門を受賞。同年ピュリツァー賞やニューヨークドラマデスク批評家賞も受賞したのです。

初演は合計6137回、15年間にも及ぶブロードウェイのロングラン公演を記録しました。これはまずは約18年間ロングラン公演、連続上演回数7485回の「CATS」に、そして現在も続けて公演されている「オペラ座の怪人」に抜かれてしまいましたが、偉大な記録です。

06年にはリバイバル版が上演され、08年のブロードウェイ閉幕後には、日本を含む世界ツアーが行われましたが、09年に次ぐ、再々来日。

現在赤坂サカスのACTシアターで今週末8月21日まで公演がされているのです。

期間中にもう一度観たいくらいですよ。

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2010年6月11日 (金)

劇団四季「サウンド・オブ・ミュージック」

先月ロンドンに行ったとき、観たかったのに残念ながら当日券が手に入らなかったミュージカルがひとつありました。

それは名作「サウンド・オブ・ミュージック」。

でも、考えてみれば今は東京でも観られるんですよね。

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昨日は休診日。この4月から浜松町で開演している劇団四季の「サウンド・オブ・ミュージック」を観に行ってきました。

「サウンド・オブ・ミュージック」は、リチャード・ロジャース&オスカー・ハマースタイン2世のペアで1959年にブロードウェイで初演され、1965年にジュリー・アンドリュース主演の映画が公開されたことによって、世界的大ヒットとなりました。

名曲が何曲もここで生まれ、今でも世界中で口ずさまれていますよね。

「ミュージカルの古典」とも言える作品ですが、2006年に新たな装いで登場します。あのアンドリュー・ロイド=ウェバーがこの名作をプロデュースし、再生させたのです。

アンドリュー・ロイド=ウェバーは、1961年ロンドン初演の際にこの作品を観ているのだそうです。その際あまりに感動し、ロジャースとハマースタイン2世二人に直接手紙を送ったのだとか。それが縁となって、舞台稽古に招かれたこともあるのだと、浅利慶太さんが書いていました。

1961年の初演・・・ということは、1948年生まれのロイド=ウェバーは13歳ということになります。

アンドリュー少年がこの作品と出逢ってなかったら、後の名作「ジーザス・クライスト=スーパースター」も「キャッツ」も「オペラ座の怪人」も生まれなかったかもしれません。

そう考えると、どの世界でもそうなのでしょうが、人生なにがきっかけとなって変わるのか、わかりませんね。

さて、そんなロイド・ウェバー版の「サウンド・オブ・ミュージック」、相当楽しみに出かけてきたのですが・・・

うーん。

「サウンド・オブ・ミュージック」を今まで観たことのない人はとても楽しめると思うんですが、僕はきっと映画版の印象が強すぎるんでしょうね。

僕が初めて「サウンド・オブ・ミュージック」の映画を観たのは小学校一年生のとき。

今でも覚えているぐらい、強烈な印象があります。

修道女であったマリアが、母親を失った7人の子供たちと、トラップ大佐の家庭に、歌と明るさを取り戻すというストーリー。この映画の中に、たぶん僕は人生で初めて、ヨーロッパ文化を観たのだと思うのです。

僕の母親は僕が生まれる前に、スペインの修道院に寄宿していたことは以前ブログにも書いたと思うのですが、小さなころから西洋のお城や音楽、教会、身分社会、そして街並についての話を、物語として良く母親が話していました。

また、当時フジテレビで放映されていた「アルプスの少女ハイジ」や「フランダースの犬」など、アニメでヨーロッパの街並みや暮らしを観たことはありました。

でもそれらはいずれも漠然とした遠い存在だったのです。

しかし、「サウンド・オブ・ミュージック」には、そんな場所や人々を映すリアルな映像が溢れていました。

オーストリア・ザルツブルグの街並みや、トラップ大佐の住む大きなお城、その内装。トラップ家に仕える召使たち。貴族たちのダンスパーティー。クラシック音楽。清貧な修道院。ナチスドイツに併合されるオーストリア帝国・・・。

漠然とイメージしていたヨーロッパの文化を、実際にこの目で初めて映像として見ることができたのです。

当時はビデオも無かった時代ですので、藤本家では年に一度、この映画がテレビで再放送されるときを家族皆が心待ちにしていました。このときだけは、遅くまで起きていても良かったことを思い出します。

大人になってすぐにDVDも購入したので、子供の時から数えると、映画版を僕は間違いなく100回以上観ていることになります。それくらい僕にとっては思い入れの強いもので、曲も歌詞も、完全に脳に刻み込まれているんですよね。

ロイド=ウェバーには程遠いですが、僕があらゆる芸術を含めたヨーロッパ文化史に目覚めるきっかけとなったのは間違いなくこの作品との出逢いによるもので、大袈裟に言えば「サウンド・オブ・ミュージック」がなければ、このブログでオペラやミュージカルについて書くこともなかったことでしょう。

そんな僕なので

ミュージカルの中で、映画のシーンと曲が入れ替わって使われていたり、歌詞が中途半端に日本語になっていたりするこの作品は、ちょっと違和感があって・・・僕としては、物語にすっと入り込むことができなかったのです。

英語版で観たら、また違った印象だったんでしょうか・・・?

とは言え、ひとつ

いいな

と思ったのは、「ドレミの歌」が、日本人には親しまれている、ペギー葉山さんの歌詞だったことです。

日本語版の企画演出を務めておられる浅利慶太さんによると、このドレミの歌の歌詞は、不思議なことに、ペギーさんご自身が出演された舞台以外では使われてこなかったのだそうです。

006

購入したパンフレットには、ペギー葉山さんの日本語版「ドレミの歌」の誕生秘話が載っていて、興味深く読ませていただきました。

ペギーさんは、1960年に、2度目のブロードウェイ体験で、この「サウンド・オブ・ミュージック」の公演を観たのだそうです。

ちょうどその前日、「ウエストサイドストーリー」を観て、完全にノックアウトされて、しばらく椅子から立ち上がれない位の衝撃を受けた。

そして翌日、そのとなりのラント・フォンテーン劇場で、この「サウンド・オブ・ミュージック」を観て、第一幕の途中の「ドレミの歌」を聴いた時に、津波が押し寄せてくるような感覚を受けて、この曲の日本語訳を作ろうと思ったのだそうですよ。

1960年に、ブロードウェイで、この二つの作品を二日連続して観られるなんて、ペギーさんは、なんという僥倖に巡り合ったのでしょう。その場に居合わせたかったですよね。

第二幕を観ながら、

「ドはドーナツのド」

は、すぐに思いついたそうなのですが、次はどんな歌詞にしようかなんて、考えていたのだそうです。

今では「ドレミの歌」は、音楽の教科書にも載っていて、「日本の歌百選」にも選ばれた、日本人なら誰でも歌える曲ですものね。

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