カテゴリー「教育」の16件の記事

数学の苦手な子どもたちへ

20091130今日は朝から寒いですね。そんな中、とある大企業の社長さんが久しぶりにクリニックにお越しくださり、とても嬉しい週明けとなりました。

明日からいよいよ12月。今年もラストスパートに突入です。

クリニックFにおいでくださる患者さんは、小学生や中学生のお子さんをお持ちの主婦の方も多いのですが、今週から期末試験が始まるところもけっこうあるようですね。

期末試験! 懐かしいな。

施術後そういった患者さんたちと世間話をしていると

「理科はやっぱり塾に行かせないと、出来るようにならないのかしら」

とか

「うちの子は数学が苦手で、どうしたら出来るようになるんでしょうね。」

なんていう御相談?を受けたりしています。

僕が理系なので、理科や算数、数学の話が多いんですよね。国語や英語の話をしても仕方がない、と思われているのでしょうか(笑)。

確かに僕は、理科も数学も得意でした。

でも、実は小学校時代、算数は苦手だったんですよ。

意外ですか?

一見同じように見えて、数学と算数は全く次元が違う教科だと思うのです。

算数は、実数に関する学問ですよね。

実際に「存在する」 1とか10とかの数字を思い浮かべて、足したり引いたり、かけたり割ったり、「計算」をすればいい。

算数で、間違いなく計算して、正しい答えを出せるようになるためには、「そろばん」や「ドリル」が役に立つのだと思うのです。

僕が小学校時代、算数が得意ではなかったのは、

「どうせ電卓があるのにばからしい」

(今思えばなんて生意気な小学生だったことか!)

と言って、「ドリル」を全くやらなかったのです。そのため、成績表でも算数は「ふつう」評価止まりでした。

これが中学に入って算数が「数学」になった途端、俄然おもしろくなって、10段階評価の10をもらう常連になりました。高校三年生の時に全国模試で、偏差値判定「93」を取ったこともあります。

算数と違って数学は、実際に存在しない「実体のない数字」を、決められた法則の下想定して計算しなければならない。

方程式の虚数解や無理数、無限大など、実体として「認識しにくい」もしくは、「存在しない」数字を想像することができないと、出来るようにはならないわけです。

それには脳のある一部を活性化しなければならないですし、実数として算数の延長上で認識しようとしてしまうと、齟齬が起きて失敗する。

そろばんなどをやっていて、算数が得意で、数字を実数として関連付けて考える癖があるまじめな子どもは、教科が数学に入ると途端に理解出来なくなり、落ちこぼれてしまうことも多いのではないかな、と思います。

数学と算数の共通項は、「数字を使う学問」ということでしかないのでしょうね。それ以外は全く別の教科だと考えた方がいい。

実際、かつて数学が得意だったはずなのに、計算や経営を出来ない大人も沢山います。

(むしろ、経営は数学よりも算数が得意な人の方が向いてるかもしれません。)

数字の計算を学ぶのが「算数」であるならば、数学はその延長線上にあるわけではない。

数学は、国語に似ています。

国語を、ひらがなやアルファベット、カタカナ、漢字を使って行うコミュニケーションであると仮定すれば、「数」という「言語」を使って行うコミュニケーションを学ぶ学問が、数学なのです。

実際、僕が高校生の頃最も得意だった教科は国語でした。

逆に言うと、小学校のときに算数が出来なかったからと言って、中学生以降数学も出来ないのではないかと心配しなくてもいい。

数学に求められる最も重要な素養のひとつ、想像力があれば、ある日突然霧が晴れたように数学を理解できる日が来るかもしれないのです。

そして、数学は特定の条件下、論理という複雑な思考を訓練することで、学校を卒業し社会に出た時に必要な頭の使い方のトレーニングをしてくれるのです。

子供の理系離れが進んでいるといいます。

数学だけでなく、理科も僕は大好きでしたので、いかに理科や数学が面白い教科か次世代の子どもたちに教えたいな、診療の後塾講師でもやってみようかな、と思うことがしばしばありますよ。

大学の時のアルバイトで、高校生を教えていましたが、僕は三人兄弟の長男だけあって、教えるの好きなんですよね。

さて、冒頭の写真はなにかわかりますか?

なんと、iPhoneでダウンロードできる関数電卓なのですよ。

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理系の男③

北京出張の話も書きたいのですが、その前に。

日本に帰国したら、当然ですが政権交代のニュースが街に溢れています。

鳩山由紀夫氏率いる民主党政権。

鳩山氏や民主党の政策に対し、なにかここで論じるつもりは全くありません。ただ、僕がちょっと注目していることは、数日後に誕生する新しい総理大臣が、「理系の男」であるということです。

鳩山由紀夫氏のキャリアが、東大工学部計数工学科数理工学コース卒業であることは、もう様々なメディアで随分前から報じられていますよね。

この「数理工学」とは、数学の方法を使って実際に起こっている事象を工学的問題として捉えて解く、というまさに理系ど真ん中の学問なのです。

僕は、今までも

理系の男 

理系の男②

などで、文系中心社会における理系男の住みにくさ?を語ってきましたが、今回の政権交代により、これまでの“文系総理大臣”の歴史は途絶え、戦後初めて日本を代表する“リーダー”に理系の男が就くわけです。後続を断たないためにも、理系の実力?を示す上でも、僕としては心から応援したくなります。

理系的な考え方で行けば、原則としてどんな複雑な方程式でも、その解が存在する(実際には解がない方程式もあるのですが…。)ため、すべての事象には「最適な意思決定」というものが存在します。その「解」を数学的な手法を使って探すということができるわけですが、これを彼がどのようにやっていくのか。

出張から帰ってくると、僕は不在中に出た新聞や週刊誌などにざっと目を通すのですが、ちょうど今週発売されているAERAでも、

「数学家首相誕生」

の記事があって、興味深く読みました。Aera

この中で紹介されている鳩山氏の考え方

「政治を科学する」

は、まさに理系思考そのものです。

以下、記事の中から簡単に抜粋および補足させていただきます。

例えば1本10億円かかる道を10本作らなければならないとする。

しかし年間予算は10億円しかない。

こうした場合、

10億円の年間予算を、10本の道に均等に割振り、1本の道に年間1億円ずつ出資をして10本の道を同時進行で作るのか?

それとも

10本の道に優先順位をつけ、どの道から先に作るのかを決め、10億円の年間予算をひとつにまとめ、1本の道に一度に投資をし、毎年1本ずつ新しい道を完成させていくのか?

の大きく二つの選択があるが、

理系思考で考えるならば、後者をとるべきである。なぜなら前者を選択すれば、9年が経過して、90億円もの金額を投資したにも関わらず、まだどの道も完成されない。これは、非合理的極まりない=10年経過しないと一本の道も使えない同時建設による不利益を考えれば、10本の道に優先順位をつけ、毎年一本ずつ完成させた方が「最適な意思決定」となり、合理的であるはずである。

しかしながら、実際の政治では「最適な意思決定」よりも多くの「偉い人」の顔を立てることが優先され、そのため10本の同時建設が行われる。それにより、どの道に対しても完成までに10年待たなければならなくなる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

理系的な思考では「合理的である」ということが最重要視されます。政治の世界では、もちろん合理的が必ずしも良いことでないことがあることも理解できますが、それにしても身を削って税金を支払っている国民の立場からすれば、「偉い人の顔を立てる」ために税金を納めているわけではありません。そのためだけに10年待たなきゃいけないのであれば、合理的な解を求めて欲しいと思いませんか?

ここ数年学会でアジアの国々に実際足を運んでみると、アジアの底力と熱気を強く肌で感じます。

日本も負けていられません。

日本の政治が、鳩山政権主導の下、「最適な意思決定」に向けて良い方向に変わってくれるといいと、心から思います。

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家族写真

昨日はスタッフがひとり風邪でダウンして、クリニックはバタバタでした。クリニックFはこぢんまりとしたクリニックなので、ひとり欠けると大変なのです。電話が鳴ると、僕が応対したりして(笑)。

ただ、それでもスタッフを増やす予定は今のところありません。

「クリニックFで働きたいのですが、新規募集はないのでしょうか?」

と、時々お電話やメールを頂くのですが、独特の接客を求められる僕のクリニックは、なかなか普通の人には務まらないのです(笑)。気心の知れたベテランスタッフで構成しています。

勤務を終えて帰宅した後、思い立って久しぶりに写真の整理をしてみました。

夜中までかかってしまったのですが、僕が小学1年生の時のお正月の家族写真が出てきたので、昭和の香りをお届けしましょう。毎年お正月には鎌倉に住んでいた祖母がやってきて家族写真を撮るのが藤本家の風物詩だったのです。

01

真ん中に父方の祖母を挟んで両親と、三兄弟。二人の弟たちはまだあどけないですね。僕の顔には今の面影があるでしょうか?

そして、僕の自慢のおばあちゃん。ミス小田原だったんですよ。

90歳を超えた今も元気に、そして綺麗でいます。

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鎌倉高校同窓会 

週末、高校時代の同窓会が大船にある鎌倉芸術館で開催されました。

Photo 高校卒業当時、年号はまだ昭和でしたから、なんと卒後20年以上経過してしまったということになります。

海沿いを走る江の電の駅の中で、「鎌倉高校前駅」という高校の名前がついた駅があり、晴れた日の校舎からは相模湾に浮かぶ大島から江ノ島、富士山までが見渡せる絶好のロケーション。思えば環境に恵まれた、素晴らしい高校生活を過ごさせてもらいました。

当時から鎌倉高校は、映画やCM、プロモーションビデオなどの撮影でも頻繁に使われていたようです。懐かしいところで言うと、プリンセス・プリンセスの「Diamonds」。プロモーションビデオに登場しています。また、漫画「SLAM DUNK」に出て来る陵南高校の校舎のモデルにもなっています。卒業生では、うんと先輩にあの赤城圭一郎さん、ちょっと先輩には鈴木保奈美さんがいることで有名ですよね。

今でも年賀状を送り合ったり、飲みにいくような仲の良い友達はいるのですが、なぜかうちの学年は、全体の同窓会なるものに縁がなかったのです。

クリニックFのある四ッ谷から診療後JRで大船へ。1時間ばかり遅れて会場に入ると、もう人が溢れんばかり。聞けば、160人近い出席者がいたようです。当時12クラスありましたから、20年の歳月を経て、約4分の1の生徒が集まったということになります。

人の波を掻き分けながら、3年1組のテーブルへ行ってみると、ちょっと歳を重ねてはいますが、懐かしい顔ぶれが勢ぞろい。まるで皆で一緒にタイムスリップをしたみたいに、記憶が当時の映像と共に蘇ってきます。

修学旅行で僕が風呂場にパンツを忘れた話(笑)、授業を抜け出して海に遊びにいった話、昔好きだった人の話・・・。

思い出したいこと、思い出したくないこと、沢山話が出てきました。

経験に紐づいた記憶って、すごく沢山の引き出しがあるんですね。

多感で、粋がっていた高校時代。あの頃は自分も年齢相応に頑張ってたんだよな・・・と思い出しましたよ。

僕は研究者の家に生まれ、男三兄弟の長男として育ちました。

母親から

「家計を考えると、一人たりとも私立にやることはできない」

と言われ、小学校から高校まで地元の公立。大学も一度は私立に入学したものの、すぐに中退して国立に入り直しました。

世はまだまだお受験ブームが続くようですが、こうして大人になってみると公立の良さも改めてよくわかります。「地元」と今でも呼べる場所で、様々な家庭環境に育った人間と社会に出る前から接し、20年経ってもこうして酒を飲みながら、思い出話が出来る。

次は5年後? 10年後? また行きたいですね。

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オバマ氏の演説

新年あけましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞ宜しくお願い致します。

クリニックFの新年の診療は本日から。・・・といってもお正月休み中、診察のお問い合わせや御予約のお申し込みを、ありがたいことに沢山頂きました。

実はこれにはちょっと僕自身もびっくりしました。

これまでの経験で言うと、通常こうした美容/アンチエイジング系のクリニックは、年末が大晦日ぎりぎりまで患者さんの御予約で一杯となり忙しいのですが、逆に年明けの1月はすこしゆったりペースなのです。お正月休みの前に、レーザーなどの施術を済ませたいと思われる方が多いというのが、この業界の云わば常識となっています。

ところが、今回お問い合わせや御予約を年始早々予想以上に頂くこととなり、遅い仕事始めが却って皆さんに御迷惑をおかけする結果となってしまいました。(申し訳ありません)

今回の件もそうですが、クリニックFに関しては、過去4軒のクリニックでの常識を良い意味でくつがえされることが殊の外多く、来年はもう少し早く1月の診療を始めた方がよいのかな、と考えさせられましたね。

患者層の変化、時代の流れもあるのでしょう。

ところで、僕は毎朝、自宅からクリニックまで電車通勤をしています。世のビジネスマンの方より遅い仕事始めだったので、今日は約1週間ぶりの通勤ラッシュでした。

トレーニングと一緒で、通勤ラッシュはブランクが空くといつもよりキツく感じますよね(苦笑)。

実は医者になってから、しばらくは車通勤が多かったのです。といっても“重役出勤をしていた”ということではなくて、手術日には、準備のために朝5時台に出勤しなければならず、公共の交通機関が使えなかったり、早朝でも深夜でもいつでも病院に駆けつけられるように考えると、車の方が便利だったのです。

今は行きも帰りも満員電車。メタボ対策にはいい運動です(笑)。混雑の時間をどうやって過ごすか、いろんな方法があると思うのですが、皆さんはどうされていますか? 以前は本や雑誌を読んでいた僕は、最近通勤時間中に、ipodで英語を聞くことにはまっています。

偶然アマゾンで見つけた「オバマ演説集」が、結構いいんですよ。

しかもCD付きで1,050円。最初は何気なく注文してCDを録音して聞いてみたのです。

いやはや、オバマは、すごい名演説者ですね。

そういえば12月、NYに出張したときにJFK空港から利用した乗り合いバスの黒人運転手が、興奮した口調でオバマ氏のことを素晴らしいと話していました。様々な人種が乗り込んでいたバスの車中の中、皆がオバマ氏の話で盛り上がりました。

アメリカでこんなことは珍しい。僕自身は今まで見たことのない光景だと思いました。

クリニックFには、外資系の企業で仕事をされている男性の患者さんも多く、また女性でも銀行や証券会社、生命保険会社などで仕事をされている方が多々おいでになります。そうした方々と診療後に景気の話や株価の話になることもよくあるのですが、NY出張前には

「リーマンショックで今年のNYの街は静まり返っているから、きっとびっくりするよ」

と言われていました。

けれど実際に行ってみると、ホリディシーズンということを差し引いて考えても、想像してたよりも活気があって驚きました。そして、ちょっとした店や街でオバマの話を聞くのです。

アメリカ未曾有の不況の時代に、彗星のように現れた国民的ヒーローなのでしょう。

オバマの演説は、三人の高学歴のしかも若いライターが、緻密なリサーチの元、作り上げていると聞いていますが、その優れた文章を、自分の言葉のように操る彼の独特の声と、その間の取り方。だんだん聴衆を盛り上げていって、決めは名台詞

「YES, WE CAN」

実際にその演説を聴くと、鳥肌が立ってきます。

英語がわからなくても、何度も聞いていると細かいところまで聞き取れるようになってきます。どんな国の、どんな階級の人間であっても、誰もがわかりやすい言葉を(たぶん意図的に)ちりばめているのです。

ケネディ以来の名演説。これは英語のヒアリングの練習にもお勧めですよ。

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学園祭とお受験

連休の初日、クリニックFのある四谷は大変賑わっています。

新宿通りをはさんで向かいにある上智大学では、学園祭が行われているようで、大音量で音楽が流れ街中に響き渡っています。

クリニックFには、上智や明治学院、青山学院、早稲田、法政・・・などなど都内各地の学生さんや、時に一時帰国中のアメリカの大学・大学院に通われている学生さん(女子ばかりでなく男子も)がニキビ・ニキビ跡の相談で来ることもあり、ちょうど先月辺りは

「来月は学園祭で忙しくて・・・」

と何人か言っていたのを思い出しました。

また、外堀通りを中心に東と西では、“お受験”シーズンまっさかり。紺色のスーツに身を固めたお父さんとお母さんがお子さんの手を引く3ショットを、今日何人も朝から見かけました。

この界隈は、幼稚園や小学校で言えば、四谷雙葉、白百合、学習院初等科、暁星・・・など名門私立がずらり揃っているようで、実際医者仲間や患者さんが説明会の帰りにふらっとクリニックFに寄ってくれて、

「うちも大変だよ・・・」

なんていうボヤキ?も聞いてますよ(笑)。

四谷には学問の神様がいるのでしょうか? この場所にクリニックを構えてから、患者層も変わったように感じています。時々「銀座にクリニックを出したら?」とか「青山や表参道がやっぱり美容の“メッカ”だよ」と言われることもあって、僕自身も

「銀座に出すのも魅力的なんだろうな」

とか

「確かに青山や表参道は環境が整っているよな」

とは思うものの、自分にはこの四谷が今は合っていると思うんですよね。四谷に来てから学術の分野におけるネットワークも不思議と広がっています。

受験の話に戻ると、普段の診療でも、中学・高校受験を控えたお子さんをお持ちの患者さんも多く、施術の後に世間話をしているときなど、たまに

「先生はどうやって勉強されたんですか?」

とか

「どうやって子供を勉強させたらいいのやら・・・」

なんていう相談を受けることがあります。

どうも私立の受験経験があるように思われているようなんですね。

実は僕自身、私立小学校や中学お受験の経験は残念ながらなく、小学校、中学校、高等学校・・・と、公立の“たたき上げ”です。考えてみれば大学どころか、大学院まで国立でした。

神奈川県の鎌倉・藤沢学区ではそこそこ優秀な公立校が多数ありました。よほど良い環境にいなければ、私立の学校に通うという発想が当時はなかったのです。

自然に囲まれていましたので、小学校の時はそれこそ泥んこで遊んでばかりでした。3月生まれだったこともあって、小学校の時は運動もそんなに得意ではなかったし、勉強もそこそこでした。教科は理科が好きでしたね。当時将来の夢は研究者でした。

なんとなく勉強をするようになったのは、中学の2年生の時です。

当時神奈川には県下の中学2年生が一斉に受ける、アチーブメントテストという制度があって、その時に県下の順位がわかる模擬テストを受けたのです。

思えばこれが契機だったんですよね。

小学校や中学校は相対評価だったので、「学校の先生に気に入られた生徒が成績が良いだけ」だって、小中学校の成績には子供なりに、とっても冷めた目で見ていてたんですが、共通テストとなると話は別です。

順位や偏差値がわかるようになると、正当に評価を受けているような気がして、俄然燃えてきたんですよ。

高校生のときには、高校の授業は全くそっちのけでしたが、駿台予備校の模試の成績優秀者に名前を載せるのが目標みたいになりました。

中でも数学は、平均点が低い難しい問題がでると、高得点をとると偏差値が目に見えて上がるので、とても好きな教科でした。

教科にもよるのだと思いますが、日本の受験勉強は、「記憶力」と「要領の良さ」が必要なのだと思います。

「与えられた、必ず答えのある問題を、一定制限内の時間で解くこと」

が目的なのですから。

でも、実際に社会に出て成功している人たちをみると、こういった受験の能力が必要な職種は極めて少ないと思います。

特にコンピューターという、すぐれた記憶力と検索能力を持った機器を所有してしまうと、受験で必要な二本柱のひとつである「記憶力」というファクターはほとんど必要なくなるわけです。

日本における受験戦争を戦う能力というのは、単に「事務能力の高さ」と記憶力を調べる指標なのかもしれません。

そして、

「あきらめない強い意志」であるとか、

「逆境に強い」ことだとか、

「ひとつの事項について深く考えたりする」ことだとか、

「人に共感を得られる」能力であるとか、

「上下関係を重んじて先輩に好かれる」能力であるとか

ある意味上下関係のしっかりした組織で培われるような資質が、日本の社会で生き延びてゆくためには、より必要なのかもしれませんね。

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MBA仲間

今週から忘年会が続いています。友人や仕事関係者、レーザー会社や美容関連会社、機械メーカー・・・など、この一年お世話になった方々とこうして一年の終わりに楽しいお酒を飲めるのは嬉しいことです。深酒だけ気をつけないと。

今日の診察も無事終わり、これからMBAを取るために一緒に頑張った仲間たちとの忘年会です。濃いメンバーで毎回集まるとおもしろい話が聞けるんですよ。

では、行ってきます。

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医学・生理学賞ノーベル賞

ノーベル賞が発表されるシーズンになりましたね。

僕が中学の一年生の時に来た教育実習生に将来の夢を聞かれて、とっさに

「ノーベル賞を取ること」

と口走ったことがあります(笑)。

教科の中では理科が大好きだったのですが、残念ながらそうした研究者にはなれませんでしたね。

8日に発表された今年のノーベル賞 医学・生理学賞を受賞したのはマリオ・カッペキ博士でした。

特定の遺伝子の機能を失わせた「ノックアウトマウス」を作り、医学の進歩に貢献した功績を称えられた受賞です。

僕も大学院に所属していて研究生活をしていた時に「ノックアウトマウス」を使用した経験があります。ノックアウトマウスで研究を行うと、特定の病気の原因などを研究するのに役立つのです。

ところで、このカッペキ博士の経歴として、ワシントンポスト紙のWEB版に、すごいことが書いてありました。なんと、博士はストリートチルドレン( Child on Street) だったことがあるそうなのです。

イタリア生まれの博士が、第二次大戦中のわずか3歳だった時、いわゆるボヘミアンだった母親が、強制収容所へ送られるという悲劇に見舞われます。このため、マリオ少年は、ストリートチルドレンになることを選択して、母親が解放されるまでの数年間を物乞いで過ごしたというのです。収容所から出た母親の教育で、博士はハーバードで博士号を取得するまでになりますが、なんて激しい人生なのでしょう。以下、原文がありますのでご興味があればお読みください。

Child on Street to Nobel Laureate

Mario R. Capecchi's earliest memories are of his mother being arrested by the Nazis.

In 1941, Capecchi, then a young boy living in the Italian Alps, saw the Gestapo haul away his mother, a poet who had allied herself with anti-Fascist intellectuals. The arrest was the start of a remarkable journey for Capecchi, one that included being a homeless street urchin, suffering from malnutrition in an Italian hospital, immigrating to the United States -- and yesterday, winning the Nobel Prize in medicine.

続きを読む "医学・生理学賞ノーベル賞"

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どうやったら英語が話せるようになるのか?

1281679826 どうやったら英語で話せるようになるのか? と言う質問をよく受けます。考えてみれば、僕は大学受験のときの得意科目は数学と国語でしたし、暗記が主体の英語は正直、苦手でした。大学のときに教科書は英語で書かれたものを使いましたし、気張ってTIMEとか読みましたが…。

医者になって麻酔科指導医をとるまで6年間は臨床一本やりで、英語にまったく触れない日々が続きました。ちょうど5年目のときに医学部の大学院を受験したのですが、大学院の入試が英語の問題を英語で答えなればならなかったため、もう一回受験勉強しました。

5159gs1de1l__ss500_ このときに一般の単語を覚えるのに使った本はDUOと言う本でした。これはいい本でしたよ。現代英語の重要単語1600+熟語1000を重複なしで560本の基本例文に凝縮しているのです。2週間ぐらいかけて覚えました。これはいい体験でしたよ。もしかしたら、受験英語としては最も英語力が上がったときだったかもしれません。医学関係の英語以外は忘れてしまっていましたから、ブラッシュアップにはよかったです。

英会話をはじめたきっかけは、自律神経の研究をしていたときにパートナーがカナダ人だったことがあります。そのときに気付いたのは、まず話す内容が先にあり、英会話はその後であるということでした。つまり、英会話は目的ではなくて、単なる手段なのだと思うようになりました。

このレーザーの世界に入ってからは、海外のドクターと話す機会も多くありますし、英語での講演もあります。クリニックを訪問してくれるドクターも多いので、自然に話すことが増えてくるのです。今でも英会話がすごく得意というわけではないのですが、学会などで、数日あちらにいると、耳も口も慣れて、スムーズに会話が出来るようになりますね。

英会話を始める上で、リスニングは映画などで慣れるしかないですが、話すためのコツは二つあると思います。ひとつはとにかく英語で自己紹介を出来るようになっておくこと。もうひとつは、何らかの本で基本フレーズと相槌を覚えるのですが、そのときに必ず声に出して読むことです。

しばらく英語圏の国にいると、首というか喉の筋肉の一部が痛くなってきます。たぶん日本語と英語では、話すときに使う筋肉が違うのだと思うのです。そういったトレーニングをしておくとよいのだとおもいます。

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脳に想像力を育てるためには

Fi1213_0e 最近、NHKのプロフェッショナルという番組をビデオに撮ってみています。これは以前あったプロジェクトXの後番組で、仕事のプロを取材して、追っていくものです。


実は、以前に書いた脳科学者である茂木健一郎さんが司会なのです。


よく読む本の作者が、テレビの司会をしていると、テレビのコメントによって、その著作の理解が深まることがあります。面白いことだなあと思っています。高校生のときに僕が好きだった三島由紀夫や、谷崎潤一郎が、テレビの司会をする番組が、その当時あったら、きっとかじりついて観たのでしょう。


その茂木さんが脳に想像力を持たせるためには、スケジュールに空白の時間が大切であるとコメントしていました。日々の仕事に追われて”てんぱった”状態だと、想像するどころではないのでしょう。


僕は鎌倉で生まれ、藤沢で育ちました。親の教育方針で、公立の学校に行っていたので、高校生になるまで塾には行かず、のんきに田舎暮らしをしていました。でもそのときの体験が、想像力を鍛えていたと思うのです。


家のとなりの空き地でトンネルを掘って遊んだり、基地を作って遊んだり、海で泳いだり、江ノ島の洞窟を探検したり、近くの川にザリガニやフナを取りに行ったり、鎌倉の八幡宮でせみを取りに行ったり。

 
でも、考えてみれば、子供の遊びは、子供なりに本当に頭を使って工夫するものです。ザリガニひとつ吊り上げるにも、えさはどうするとか、ザリガニの前に、どうやってえさをぶら下げたら釣れやすいとか。海でおぼれないようにするには、潮の流れに乗って泳いだほうがいいとか。


こうした空白の時間があったからこそ、想像力が豊かになり、好奇心が生まれたのだと思います。


同じようにビジネスも、参入障壁が高く、簡単に人に真似できない、しかもニーズとシーズをつかんだ、実は生活になくてはならない新しいビジネスモデルを思いつくために、想像力が必要です。


野原で遊んでいた私達の両親の時代の努力によって、日本は高度経済成長をしてきました。今の子供は、小さいときから塾に通わされますし、第一、東京にはいわゆる自然の遊び場が少ないですよね。コンピューターゲーム上では、工夫するといっても、想像力が生かせるところが少ないです。日本の教育に足りないといわれている想像力を伸ばすためには、小さいときから自然と戯れる経験が必要なのではないでしょうか?

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