カテゴリー「国際学会 中南アメリカ編」の20件の記事

2008年6月 3日 (火)

モアイチョコレート

Photo_2 今回のスタッフと患者さんへのお土産は、特注のモアイチョコレートにしました。

イースター島のあるレストランで、前の日にお願いすると、モアイの手作りチョコレートを作ってくれて、出発の空港まで持ってきてくれるのです。

僕が注文したのは茶色と白色のチョコレート。

001_4  帰国後、患者さんにお配りしていますが、好評でしたよ。

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2008年6月 2日 (月)

絶海の孤島に落ちる夕日

229イースター島での神々しい日の入りです。

こうやって大自然の中で、ゆっくりと日が沈むのを見ていると、普段の生活と離れて、いろいろな考えが整理されてきます。

今年購入するレーザー機器を何にするか?

来年度のレーザー学会や皮膚科学会に向けた研究をどうするか?

などなど…。

クリニックFは、ニキビ肌を改善し、あたかも脱皮するかのように肌を新しく入れ替えるフラクショナルレーザーの中でも、特に「フラクセルⅡ、アファーム、アファームマルチプレックス、モザイク、パール」といった最新機器を所有して症状ごとに使い分けることによって、

フェイシャルの中でも特に「肌質をより若々しく改善する」施術に関しては世界でもトップレベルの施術ができるクリニックになったと思います。

イースター島の中で、次々と降って湧いてきた新しい発想があったのですが、あの島はある意味、パワースポットなのかもしれませんね。

実は皆様のおかげをもちまして、5月26日でクリニックFは一周年を迎えることができました。

クリニックFは、僕が経営にかかわることになった5つ目のクリニックですが、Fの文字にはFifth(5番目)の意味とともに、Final(最終形)の意味も入っています。

クリニックFでの今年の戦略。

クリニックスタイルの集大成として、より患者さんに満足していただける、いろいろ面白いことを思いつきましたよ。

今年もご期待ください。

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南十字星

Photo サザンクロス、南十字星ってあまり見ることができないですよね。

あまりよく写らなかったのですが、写真を撮りました。

この南半球でしか見れない、世界で一番小さな星座は、南半球の人たちにとって大切な意味を持っていました。

磁針を持たないポリネシアの人々は、小さなカヌーに乗って、

昼間は太陽の上がる場所を、

夜はこの星座を目安に航海を続け、

新たな島探しの旅に出たのです。

西暦500年にこの島に初めて滞在したポリネシア人も、この星座を頼りにやってきたのですね。

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2008年5月31日 (土)

イースター島の海

035_2 絶海の孤島であるイースター島は、火山島です。

054 太平洋を移動している間にプランクトンがほとんどなくなってしまうため、海の近くにいても、いわゆる磯の香りというものが全くないのが不思議でした。

工場もないため、大気汚染が全くない。

島の水脈は地下水で、川もないので、海洋の透明度は太平洋一だと言われています。なんでも60m近い透明度の海なのだそうです。

ちなみに淡水の湖で世界最高の透明度を記録する北海道の摩周湖が41.6mということですから、ものすごいことですよね。

島のなかにはダイビングショップが二つあります。僕も1989年にPADIのダイビング免許を取得して以来、いろいろな海で潜ってきましたが、まさかイースター島で潜るとは旅の前に思いもつかず、うっかりライセンスを日本に置いてきてしまったんですよね。次にチャンスがあったらぜひ潜りたいと思います。

210 このビーチはアナケナビーチといって、ポリネシアから移植したヤシのある、島唯一ともいえる白い砂浜のビーチです。

130_2 プカオと呼ばれる帽子(一説には髪結い)をかぶったモアイ像がこのビーチにあります。

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2008年5月30日 (金)

倒されたモアイ

01 イースター島は小さな島といっても周囲58kmの島。基本的にはすべて車での移動になります。  イースター島は三つの火山によって成り立ちました。

02それぞれの頂点が火山として、直角二等辺三角形の様な形をしています。その最も長い辺に当たる、南の海沿いを走ると、沢山の倒されたモアイを見ることができます。

森林を伐採してモアイ像を製作し、運搬にも木材を使用し、さらに人口が急増したため、10世紀ごろから島は食糧不足になり、争いが絶えなくなったと言われています。

先に書いたように、18世紀の中ごろ、お互いの祖先の象徴であり、守り神であるモアイを倒し合う「フリ・モアイ」というモアイ倒し内戦が勃発したようなのです。

03 どのモアイもアフとよばれる祭壇の上に、海に背を向けて立っていました。

モアイには作られた当時、目がありました。モアイの視線の先に村などの居住地があったようです。

04 風化してしまって石のようになったモアイも多くあります。

大きさも様々。

絶海の孤島のイースター島には独自の文化がありました。

1722年のあるオランダ人の上陸を期に、島民は外圧にさらされます。

その後免疫を持たない伝染病をもつヨーロッパ人の来訪や、島民がアメリカやペルーなどに奴隷として連行されたため、1877年には島民がわずか111人にまで激減し、ロンゴロンゴと呼ばれる独自の文字を読める人もいなくなってしまいました。

さらに島の文化を徹底的に破壊したのはキリスト教の伝来でした。後に島に上陸したフランス人宣教師が、布教を妨げるとしてロンゴロンゴが記された木片をはじめとする文化財をすべて焼き払ってしまったのです。

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2008年5月29日 (木)

イースター島のお土産店

048 「店もあまりない」と書きましたが、こんな「青空店」がありました。

イースター島のお土産を売っています。

イースター島では石よりも木のほうが貴重らしく、木製のモアイの彫刻のほうが石で出来たものよりも値段が高いのです。

モアイの裏の彫刻など、自慢げに見せてくれて、身振り手振りで説明してくれました。

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2008年5月28日 (水)

イースター島のメインストリート

031059 イースター島で最も栄えているメインストリートの写真です。

わずか4000人の島なので、レストランとホテルがちらほら。店もわずかしかないようです。

島内はあまり舗装されておらず、ちょっと村を離れてしまうと、こんなかんじのあぜ道を車で移動するのです。

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2008年5月26日 (月)

アフ・アキビのモアイ像

050巨大な石の像「モアイ」がある 神秘の島、イースター島は南米のチリ領の島です。チリから4000km、ポリネシアのタヒチからも4100km離れ、最も近い人の住む島まで2000kmという絶海の孤島です。

おそらく西暦500年頃からポリネシア人が海を渡って住み始めたというのが定説となっています。

僕はこの島に、いつか必ず行ってみたかった。

なぜ惹かれるのかわかりませんが、自分の目でモアイ像を見て、この島の一部始終を自分の足で歩いてみたかったんですよね。

こんなに早くその機会が訪れるとは思ってもみませんでした。

憧れのイースター島は、飛行機を二回乗り継いで行く、本当に、本当に遠い場所でした。

059「イースター島にモアイがある。」

ということは、

「エジプトにピラミッドがある」

「NYに自由の女神がある」

みたいなことと一緒で、いわば常識となっていますよね。

僕自身、初めて知ったのはいつだったでしょう・・・? 考えていたのですが、なかなか思い出すことができません。

小学校の時に毎月祖母に買ってもらって楽しみに読んでいた、学研の「科学と学習」を読んで得た知識だったかなあ・・・。

イースター島にはモアイ像が1000体近くありますが、1770年から1774年のわずかな期間に、イースター島内で二つの部族が内戦をして、すべてのモアイ像が倒されてしまいました。現在はそのうちほんの一部が再び立て直されています。

このモアイ像はアフ・アキビのモアイ像です。イースター島内で唯一の海を望むモアイ像ということで、有名なものだそうですが、この島に着いた当日の夕暮れに見に行きました。

僕が初めて見た立像のモアイ像です。

ひとつの像の高さは約4m。

ついに出逢えたモアイに、感動もひとしおでした。

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2008年5月25日 (日)

答えは…。

124 横に並んで寝転がってみました。

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2008年5月24日 (土)

ここはどこでしょう?

102_2 今日の朝、8時30分に成田空港に到着して、そのままクリニックに来て診療をしました。

成田から四ツ谷駅まで移動して10時30分。

なんとか11時の診療に間に合いました。

実はこんな場所に行ってきました。

いったい、どこだかわかりますか?

075_2_2 ここは、とある島です。

この島はもともと密林だったそうです。

042 住民があるものを作るために、島の樹をほとんど使ってしまい、野原がひたすら続く島になってしまいました。

011_2 この島の火山口は、直径2.8km。富士山の火口よりも大きいのです。写真をクリックしてください。その大きさがわかります。下の湖に生える葦は、高さが3mもあります。

この火山口の土壌より分離された放線菌(Streptomyces Hygroscopicus)より作られたラパマイシンという薬は、もともと抗真菌作用があることが分かっていましたが、腎臓移植後の免疫抑制剤としても効果があることがわかってきました。その一方で、ネイチャーの報告によると、腫瘍細胞に対してあたかも魚雷攻撃のように、腫瘍細胞のみを破壊する効果がみられるのです。

さらに、心臓の冠動脈動脈硬化に対する血管拡張術後のステント再狭窄の予防にも効果があることがわかり、循環器科の中で脚光を浴び、現在でも多くの人々の命を救っています。

「ラパマイシン」という薬の名前は、この島のもともとの名前、ラパヌイ(Rapa Nui)島からとられたものです。

さて、この島の名前はなんでしょう?

答えは明日。

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2007年10月 8日 (月)

マテ茶

001 僕はここ数年、ほぼ毎月海外の学会に出かける生活をしていますが、いつも学会に行くとスタッフへのお土産を悩んでしまいます。

学会開催地が珍しい国であればあるほど、その国独自のものを買いたいと思ってお店を探すのですが、なかなかこれが難しいのです。

お酒が好きな僕は、珍しいお酒を買いたいと思うのですが、うちのスタッフはほとんどお酒を飲まない。悩み悩んで決められず、結局空港のチョコレートになってしまうことも多いのです。

ですが、今回はイグアスで気に入ったお土産を仕入れることができました。

写真のマテ茶です。

マテ茶は南米を原産とするイェルバマテの葉を抽出したお茶なのですが、ビタミンやミネラルが多く含まれていて、野菜の少ない南米では貴重な栄養素なのです。古くはスペイン人が“緑色の金”と言って、金に近いような高額で取引したそうですよ。

お茶は、昔は本当に高価なものだったようですね。三国志の初めのところに、漢の創始者である劉備玄徳が高齢の母のために一年分の稼ぎでお茶を買い、お土産にしたという話が出てきます。

マテ茶の味は多少の青臭みと強い苦味を持つのですが、飲んでいると癖になる美味しさです。なかなか飲む機会のないお茶ですので、クリニックFにいらした方でご希望の方はおっしゃってください。

しかし

せっかくスタッフに買ってきたのに、誰も飲んでくれない・・・僕は心から美味しいと思っているのに、このセンスが伝わらないようだ・・・みんな喜んでくれると思っていたのに

スタッフの久保田は

「ば○○のような匂いですね」

なんてひどいことを陰で言ってるらしい・・・

院長の苦労と思いやりがスタッフに伝わらないのはつらいものです。

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2007年10月 7日 (日)

アルゼンチン 世界皮膚科学会

今回のアルゼンチンの学会は、4年に一度のWdc0世界皮膚科学会だけあって、非常に広いコンベンションセンターで行われました。

Wdcレジストレーションの場にいたドクターは、本当に国際色豊かです。皮膚科学会では、ほんの数名ですが、日本人の先生も見かけました。  Wdc3

大きなホールの中、業者の展示がありました。アメリカの学会に比べると、レーザー会社の展示が占める割合は低かったですね。Wdc2

いずれにせよ、ブエノスアイレス中でこの看板を見なかった日はありません。非常に珍しい開催だったのでしょう。

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2007年10月 6日 (土)

イグアスの滝

Iguazu1アルゼンチンの観光名所であるイグアスの滝にも行ってきました。

イグアスの滝といえば、世界三大瀑布のひとつですよね。ナイアガラの滝には10年前に行ったことがありますが、イグアスの滝を見るのはもちろんこれが生まれて初めて。日本ではウォン・カーウァイ監督の映画「ブエノスアイレス」で一躍有名になった場所、と聞いています。

イグアスの滝へは一泊あれば飛行機でブエノスアイレスから往復できるのです。 Ioguazu

イグアスはブラジルとアルゼンチン、そしてパラグアイのちょうど中間点に位置しており、熱帯雨林のジャングルの中に遊歩道があり、悪魔ののど笛というもっとも大きな滝を含めて200以上の滝が見られる名所になっています。

021 この滝がイグアスの滝の中で最も大きい、「悪魔ののど笛」といわれる滝です。すべてを流し去ってくれるような、その激流と轟音に、しばし時を忘れて見とれてしまいました。

027 この地域は、多くの種類の蝶が生息することでも知られています。トロッコ電車に乗り、移動する時にも多くの蝶がひらひらと舞っていて、夢のような場所でした。

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2007年10月 5日 (金)

魅惑のアルゼンチン タンゴ

Tangoアルゼンチンに来たからには本場のタンゴをぜひ観たいものだと思っていましたので、行ってきました。アルゼンチンにはタンゴの店が本当に沢山ありますが、この「ミケランジェロ」“MICHELANGELO”というお店は比較的新しい店なのだそうです。Tango2

最初にお店に入ると、シャンパンを一杯渡されて、階下でお待ちくださいと言われます。お客さんが集まりだすと、女性が一人現れ、アカペラで歌Tango4を歌うのです。

二曲ほど歌った後に二階のダイニングルームに通され、食事をしながらタンゴショーを待ちます。Tango3

ショーは2時間ぐらい。観光客用に脚色されて、ふりが大きくなっているそうですが、タンゴのステップってかっこいいのですね。

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2007年10月 4日 (木)

アルゼンチンESLD

アルゼンチンの世界皮膚科学会と併設で行われたESLD(ヨーロッパ皮膚科レーザー学会)は市内の中心地であるレティーロ地区、アルゼンチン空軍広場の前の

Esld2シェラトンホテルのコンベンションセンターで開催されました。Esld1

朝7時半という早い開催時間だったにもかかわらず、多くのドクターが集まり始めました。ざっと見渡したところ、いつもの学会で会うようなドクターはわずかでしたし、日本人ばかりか、アジア人の参加者は僕以外誰もいなかったです。

Esld3今回のESLDは、南米の人にこの学会を紹介する意図で開催されたのだと思うのですが、内容はなかなかクオリティの高いものでした。

2009年1月には「第1回 5大陸レーザー学会」をモナコで開催する予定だそうで、いよいよレーザー学会も全世界学会へと移行するのです。

皮膚科学会や形成外科学会は世界学会があるのですが、レーザー学会はアメリカ、ヨーロッパ、アジア・・・とそれぞれ開催が分かれているのが普通だったので、このモナコで世界中のレーザー関係者が初めて一同に介することになるわけです。

「ついにレーザーもここまで来たか」

レーザーがとにかく好きでここまで来た僕にとって、このニュースは非常に感慨深いものでしたよ。

Esld4

今回の学会で出た話題はいくつかありました。リフトアップレーザーのテクニックの話や、しみや血管腫治療での最新のアプローチ法、脂肪溶解レーザーの開発の話・・・。

そういった中で、しかしながら話題の中心は、早くもフラクショナルレーザーの次の世代としてこれから出てくるレーザーの話でした。この世界はまさに日進月歩ですね。

Rox

学会の最後には大御所、ハーバード大学のロックスアンダーソンがジョークを混じえながら、今後どのようにレーザー市場が変化してゆくのか話をしました。

様々な国から集まったドクターといろんなディスカッションも出来て、非常に有意義な学会でした。

ここまで来るのは大変でしたが、行って良かったです。

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2007年10月 3日 (水)

ブエノスアイレス

Ba飛行機の中で一泊して、ペルーからアルゼンチンの首都ブエノスアイレスに着きました。ブエノスアイレスは「南米のパリ」と呼ばれる街です。

この近辺は、ラプラタ川のほとりの、パンパと呼ばれる草原地帯でしたが、16世紀にスペインの侵略があった後はヨーロッパ風の建築物が増え、まるでパリを思わせる美しい都と言われるようになったのです。

Ba4街を歩いていると、このような景色が目の前に広がります。本当にヨーロッパにいるようです。    Ba3

フロリダ通りというブエノスアイレスでもっとも栄えている通りを散歩しながら学会会場に向かいました。

Ba2このピンクの建物は、大統領府です。1873年から建設されたスペインロココ風の建物です。そもそも侵略軍からの領土を守るために要塞の役割を果たしていた建物です。

Ba0こちらは5月革命の100周年の際にスペイン系移民がアルゼンチン共和国に忠誠の意味を込めて贈ったといわれる巨大な記念碑です。アルゼンチンでも高級住宅街に属するパルレモ地区の中心にあります。今回の世界皮膚科学会もこの地域で開催されました。

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2007年10月 2日 (火)

空中都市マチュピチュ

Machi1今回クスコまで来たのは理由がありました。古代インカの空中都市マチュピチュにどうしても行ってみたかったのです。

この遺跡は1911年にハイラム=ビンガムによって発見されたのですが、高地にあったため、スペイン軍の攻略を受けておらず、インカ帝国当時の遺跡がそのまま残っていると言われています。発見当時はそれこそ“草ぼうぼう”で、それを4年間かけて綺麗にしたのだとか。

クスコからマチュピチュまでは、約140km。電車が走っています。3000m級の山の中を4時間以上電車に揺られて行くと、マチュピチュの駅に着きます。マチュピチュ駅からバスに乗り換え、絶壁のような山を400m、約30分かけて登ってゆきます。間違いなく、日光のいろは坂よりも急な坂でした(笑)。

Machi2マチュピチュ遺跡の入口にやっとのことで到着し、そこから山を登り始めるとあるところで、突然視界が開けます。

その光景は・・・思わず息を呑みました。言葉ではなんとも言い表せません。

Great! Wonderful! Spectacular!”と言った声も周りから聞こえてきます。

Machi3 噂には聞いていましたし、写真では見たことがあるのですが、写真のファインダーに入っていた視野は、全視野の10%ぐらいなのです。

その遺跡の大きさといい、迫力と言い360度のパノラマには度肝を抜かれました。ああ、ここまで来て良かった、生きてる間にこの光景を見ることが出来て良かったと、心から思いました。

鉄器がなく、文字もなく、キープと呼ばれる綱の結び目によって事象を伝達し、ミイラ信仰や生贄を生業としたインカ帝国。違う文化で育った人間の能力の可能性と言うものを、改めて思い知らされました。

Machi4マチュピチュはほとんど絶壁の山の頂上にあるので、下を見ると、約500mの高層ビルの上から地面を覗き込んでいるような視界で、本当に足がすくんでしまいます。

街の中は神殿を中心とした住居エリアと耕筰エリアに綺麗に分けられています。

スペイン語なまりの英語ガイドによると、マチュピチュの遺跡は現在もアメリカのエール大学と共同で発掘作業が行なわれており、全体の30%は再建されているが、10%がまだ未発掘だと考えられているのだそうです。

今後、どんな遺跡や遺産が発掘されるのでしょう。楽しみですよね。

また、2011年には発掘100周年をむかえるということで、記念式典も予定されているようですよ。

明日は朝からアルゼンチンに移動です。まさに大陸を端から端まで移動するので、夜通しの旅になりそうです。

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2007年10月 1日 (月)

インカ帝国の虹の色

Inka インカ帝国の国旗は、虹をモチーフにしたものです。

インカの首都クスコの近辺にも、多くの虹色の旗がはためいています。きっちりの7つの色の線があって、とても綺麗でした。虹の色と言えば日本では7色で赤、橙、黄、緑、青、藍、紫で、いわば常識ですが、実は虹の色を7色としない国も多いのです。

Niji ちなみにイギリスやフランスですと6色。ドイツだと5色。アフリカの一部の国だと2色なんて地域もあります。視神経という感覚器は同一でしょうから、これらの違いは色を理解する文化の違いなのでしょうね。

光の波長をプリズムによって分離すると虹色に見えるのですが、これはニュートンによって発見された事実です。本来は光の波長によって、連続した変化をしています。

レーザーやIPLの中には、これらの可視光線を使ったものも多く存在します。たとえば、オーロラやライムライトのようなフォトフェイシャル(IPL)光は、黄色から緑色の光を使いますし、脱毛のダイオードレーザーは波長の長い赤外線を利用しています。

一般的に、茶色いメラニンに対する吸収性は波長が短い(紫外線より)方が高いので、シミには効果が高いのですが、色の黒い人にあまり波長の短い光を打ち込むと、火傷をしてしまいます。クリニックFでは、診察をさせていただいた後に、それぞれの人に合わせて、波長とパワーを初期設定して少しづつ調節しながら治療を進めるようにしています。

このようにしてゆくと、透明感のある白い肌が手に入るのです。

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2007年9月30日 (日)

古代インカ都市クスコ

Machi0  「わざわざアルゼンチンまで行くのなら、途中ペルーにも寄っていきなさい」と知人や患者さんからの薦めもあり、アメリカ・ヒューストンで一度飛行機を降りた後は、まずペルーに入りました。

ペルーの首都リマに着くには、日本からヒューストン経由で最短でも36時間以上かかります。さらにそこから1000km離れたクスコに飛行機で移動。日本を出発して実に3日後にようやくクスコに着きました。クスコはあのインカ帝国の首都であった街です。この写真はクスコの中心地アルマス広場です。

 Ishi クスコの街中にはインカ時代の石組みがそのまま残っています。「カミソリ一枚すら入らない」と言われている緻密な石組み。街を歩いていたら、こんな石が組み込まれた石組みがありました。角を数えてみると、14角ですよ。鉄器のないインカ帝国で、どうやって作ったのでしょうか?

16世紀にインカを征服したCusukoスペインは、残ったインカの石組みの土台の上にスペイン風建築物を建てました。クスコで大地震があった際に、土台の石組みはひずみ1つ起こさなかったそうですが、スペインの住居はもろくも崩れ去ったそうです。インカ時代の技術の高さを肌で感じました。

Inka1

写真はサクサイワマンという遺跡です。クスコの高度は3400mですが、この遺跡は4000m近くのところにあります。

Teふと手を見ると手先がこんなに真っ青になっています。標高1000m以下のところから2500m以上の高地に48時間以内の短時間に到達した場合、三人のうち、二人が高山病になると言われているのです。 次第に耳鳴りや頭痛、倦怠感を感じてきました。高山病には初めてかかりましたが、きついですね。

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2007年9月29日 (土)

世界皮膚科学会inアルゼンチン

Esld 南米のアルゼンチンで開催された世界皮膚科学会、それに併設されたヨーロッパレーザー皮膚学会(ESLD)に参加してきました。

国際学会周遊記を書き始めて、5大陸目の上陸となります。

Wcd

世界皮膚科学会は今年で21回目。4年に1度どこかの国で開催があるのですが、まさか南米に自分が行くことになるとは思いもしませんでした。

日本からアルゼンチンまで出掛けて行く医者なんて僕しかいないんじゃないか? しかも日本から一体現地に着くまで何時間かかるんだろう? と一抹の不安が・・・。

でも「4年に一度の世界皮膚科学会」「レーザー皮膚科学会」と聞いて、レーザーおたくを自認している僕が行かないわけにはいきません。

今回併設されたヨーロッパレーザー皮膚学会は、スイスのジュネーブのレーザー皮膚科のMaurice ADATTOが会長です。僕はちょうど二年前にシンガポールに招待講演で呼ばれたときに、Mauriceと一緒に講演した覚えがあります。

南米に行くなんて、一生に1度あるかどうかです。以前より訪問したかったペルーにも立ち寄りました。少しずつブログでアップしてゆきますね。

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