カテゴリー「レーザーの歴史」の13件の記事

2009年3月23日 (月)

レーザー機器の進歩に関わる重要人物

064 こちらはパーティーでお会したDr.Ren。リライアント社の技術者でしたが、合併したソルタメディカル社でもCTOに、つまり技術のトップになった人です。

彼の頭脳がまさにフラクセルを作り上げたといえるのです。

JMECの西村社長に教えていただいたのですが、このレーザー界には、何人かレン博士のように、天才的な技術者がいるのだそうです。

サイノシュア社にいたフルモト博士や、ルミナス社のシモンエックハウス博士、キュテラのスコット博士など。

こうした数名の天才的な技術者が新しいコンセプトのレーザーを開発し、数年おきに、いわば土俵が替わる「パラダイムシフト」が起こるのです。

彼らがレーザー会社を移動すると、元いた会社が廃れてしまうといったこともあるようです。

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2009年3月11日 (水)

巨星落つ

実は京都出張に出掛けていたのは2月の終わりのことでした。

先週から僕はアメリカ・サンフランシスコで行われていた2009年米国皮膚科学会(AAD)に参加しており、その間のIT環境が読めなかったため、滞在中にアップするブログを出発前に書き溜めていたのです。

現地でもし状況が整えば、今年のAAD最新情報を御紹介しようと思っていました。

ところが、サンフラン滞在中思いがけず一人の偉大な人物の訃報を耳にすることになり、大きなショックを受け、それどころではなくなってしまいました。

そして、ショックを受けたまま、今日の夕方帰国しました。

日本最大のレーザーディストリビューター(輸入代理店)=株式会社JMECの創始者である森下純一元社長が、肺腺がんのためにわずか60歳で亡くなったのです。

アメリカに発つ前、東京医大にお見舞いで伺ったばかりの事でした。

森下社長はある老舗の医療機器メーカーから独立され、平成7年に株式会社JMECを設立。そのカリスマ的な営業力と統率力に、初期からマーケティングを担当されていた現社長である西村浩之氏のインテリジェンスが加わり、このふたりの素晴らしいケミストリーによって、JMECはわずか数年で業界ナンバーワンといわれる企業へと成長します。

森下社長は、人的魅力に溢れた人であったのはもちろん、市場に何が必要かという事に対して天才的な嗅覚を持った人でした。

ロックス・アンダソンの熱融解理論に基づいた、アレキサンドライト脱毛レーザーであるサイノシュア社LPIRを、日本人に対して美容目的でかつ安全な脱毛レーザー機器として見出し、当時の厚生省未認可商品を、医師の個人輸入という形で日本の市場に取り入れたのです。

脱毛と言えばエステティックサロンで針脱毛を行っていたような時代です。今では当たり前の「レーザー脱毛」という施術がこれによって生まれ、LPIRは脱毛機器市場で一大ヒット商品となりました。また、それによって美容のクリニックと言えば「美容整形」クリニックしかなかった日本に、新しく「美容レーザークリニック」「美容皮膚科」というものが生まれたのです。

レーザーとはまた違う「光治療」機器の代名詞=オーロラや、セルライトを機械で解消するフランス製の「エンダモロジー」を日本に持ってきたのも森下社長ですし、「メディカルスパ」や「アンチエイジング」という言葉をこの日本で医療関係者に広めたのも、森下社長なのかもしれません。そういった意味でも彼は本当の目利きでしたし、日本における美容医療、レーザークリニック、そしてアンチエイジングの歴史はJMECと森下元社長を抜きにしては語ることができません。社員の方々が、森下社長の“商才”を本当に尊敬されていたのを、僕は大学病院にいた頃からよく耳にしていました。

実は森下元社長は全くの下戸。お酒は一滴も飲めませんでした。

でも、飲みや歌いに行く席で、毎回新たなブラック&親父?ジョークを仕入れて、皆を楽しませてくれたのを思い出します。場の空気をいち早く読み、誰よりも気遣いをされる方でした。

森下元社長が僕に繰り返し言ってくれた言葉があります。

「藤本先生が僕に初めて会ったとき、なんて言ったか覚えていますか? 

 “僕はレーザーの世界に初めて入った新参者です。どんな事でも努力しますので、御指導ください。”

 ・・・と、僕に頭を下げて挨拶してくれたのですよ。当時、若いお医者さんでそれほど謙虚な人を見た事がなかったので、とっても印象深かった。

 その姿を見て、心からサポートしたいと思ったのです。」

と。

僕自身は、ただ当然のことをしただけのつもりで、実はそんな挨拶をしたことすら覚えていなかったのですが、それでもそう言ってもらえると嬉しくて、今思えばずいぶん甘えさせて頂きました。森下社長はそのお言葉通り、僕が悩んだとき、壁にぶつかったとき、挫折しそうになったとき、いつも力になってくれました。そして、現在の僕を支えてもらっているネットワークの土台をいくつも築いてくださったのです。

たとえば、JMEC主催のトータルアンチエイジングセミナーがきっかけとなった出来事があります。セミナーで僕の講演を聴き

「感動しました」

と言ってくれたマックスエンジニアリング社(現ルートロニック社)のヘイリャン社長が、2004年に韓国での講演に僕をスピーカーとして呼んで下さった。

それが僕にとって初めての海外講演となり、これがまたひとつのきっかけとなって、また別の国で行われる次の海外講演へと繋がっていきました。

現在まで僕は31回の海外講演をさせて頂いており、ブログ「国際学会周遊記」「新国際学会周遊記」もそこから生まれました。

森下社長が、僕のここまで来る道筋を、最初に示し、創って下さったのです。

ヘビースモーカーだった森下社長。肺の扁平上皮癌は喫煙と多いに関連するのですが、森下社長が闘病した腺癌は喫煙には関連がないと医学的には言われています。

因果なものですね。

ブログのタイトルにした「巨星落つ」とは、大きな業績を残した偉大な人物が亡くなってしまう事。

「惜別の念をこめている」

と辞書にありましたが、森下元社長はこの日本の美容レーザー界において、本当に大きな功績を残した人ですし、また僕自身にとって森下社長の存在は巨星に値するほど大きく、教えて頂いたことのすべてが、一生の財産となっています。いくら感謝してもしきれません。

60歳は、あまりに若い。若すぎますよね・・・。

明日がお通夜。明後日が告別式となるそうです。

森下元社長のご冥福を心から、本当に心からお祈り申し上げます。

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2009年1月13日 (火)

第3回サイノシュアユーザーズミーティング

三連休最後の日。僕は八重洲富士屋ホテルで開催された第3回サイノシュアーユーザーズミーティングに参加させていただきました。

アファーム、エリート、アコレード、シナジー、スマートリポ・・・と、多くのレーザー機器を販売しているサイノシュア社の主催する、年に一度のミーティングです。

日系人のフルモト博士が1991年に設立したことで知られる米国CYNOSURE社。昨年はレーザー業界にとっても厳しい年となったようで、米国の主要レーザー会社=キャンデラ、キュテラ、パロマー、シネロン、サーマージ社・・・などが皆不振にあえぐ中、サイノシュアは最も売上を伸ばした会社となりました。

演者の先生が、サイノシュアの機器をこんな風に例えておられました。

「サイノシュア社のレーザーは、撮影において細かい微調整までが可能な、いわばデジタル一眼レフカメラのようなものだ」

と。

全く以って僕も同感だったので、深く頷いてしまいました。うまい例えですね。

しかし、一眼レフカメラがそうであるように、性能が良くプロ仕様な分、誰もがそれを操れるわけではありません。使用方法を完全にマスターするのは極めて難しい。ユーザーズミーティングで発表されていた先生方のプレゼンを聞いていると、治療法にそれぞれ様々な工夫があって、大変勉強になりました。

そんな中、昨日あった多くの演題の中で、僕が最も面白かったのは、米国サイノシュア社ヴァイスプレジデントであり、現日本サイノシュアの清水賢治社長が話された、

「レーザーの黎明期とレーザー医療の歴史、そしてCynosure,Inc.について」

という、一番最後の演題です。

清水社長は渡米されてもう30年。数々のレーザー会社の興隆を見てこられた人で、今でも世界各国の学会に参加すると、必ずと言っていいほど、清水さんがブースにいらっしゃいます。

なんでも毎年、飛行機で地球を12周以上する方なので、航空会社から表彰されたこともあるのだとか。

028_2 LASERが、まだMASERと呼ばれていた時代 (LASER=Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation の最初のLは、1950年代には Light ではなく、Microwaveだったのです)の話から始まりました。

レーザーの研究は非常にお金がかかり、そんな分野に関わる研究者は当時変人扱いされたのだとか(笑)。

MASERも頭文字のアルファベットをもじって

“Money Acquisition Scheme for Extended Reserch”

とか、

“Means of Acquiring  Support for Expensive Reseerch”

などと呼ばれたのだそうです。

Maiman博士のレーザーに関する論文が1960年8月にNature誌に掲載され、一気に知名度を上げたのですが、この論文はなんとわずか2ヶ月前に、「Phisical Review Letters」という、専門誌としてはNatureやScienceよりずっと“格下”の雑誌でリジェクトされていたものでした。

そんないわば脇役だったレーザー工学だったのですが、現在ではこの分野だけで16人のノーベル賞受賞者がいるとのこと。

現在、レーザー医療で食べさせてもらっている自分としては、感無量でしたね。

時代も時代だったけれど、政治的要因を除けば、日本人の受賞者が数名いてもおかしくなかったとおっしゃっていました。

032_2さらに、レーザー皮膚医療の嚆矢ともいえる、1983年にサイエンス誌に発表されたロックスアンダソン先生とパリッシュ先生の「選択的光融解理論」ですが、

実はこの理論が4年も前の1979年にロックスアンダソン先生の書簡で詳細に述べられていた話(未来が見えていたんですね)などが書簡の写真入りで出てきました。

以前、レーザー分野の歴史について調べようと思ったことがあるのですが、思ったようなまとまった文献がなく、なかなか調べられなかった経験があるので、このお話を聞けただけでも、今回は本当に得をした気分です。

僕がレーザー医療に関わるようになって10年以上たちますが、いくら勉強しても清水さんの知識には到底追いつけないですね(笑)。サイノシュアには日米どちらにも素晴らしい先輩方、優秀な人材が多く、売上高に比例した企業としての勢いを、改めて感じました。

こうした魅力的な方々との出逢いがあり、御指導頂けるのも、このレーザー業界に僕が魅了されている理由のひとつなのです。

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2007年6月13日 (水)

レーザーの歴史 その拾 最新のミニマムアブレイティブのレーザー

このフラクショナルレーザーリサーフェシングの市場で、私が注目するのは、やはり2007年の春にデビューした本家本元のReliant 社フラクセルⅡと、Cynosure 社のアファームです。フラクセルⅡとアファームは両方使わせていただいていますが、全く違った機械と考えてよいと思います。今までのノンアブレイティブの治療では満足できない方に、数日間なら赤みが残ってもよいという、ミニマムアブレイティブなレーザーのニーズがあり、これらの機種は、ちょうどそこの枠にきっちりとはまったレーザーだと思います。

1550nmのフラクセルⅡに対して、1440nmのアファームは、光の浸透の深さが違います。両者の波長の、水に対する吸収率が違うからなのです。アファームの採用している波長は水の吸収率が高いので、お椀のようななだらかな浅い熱変性を起こしますが、フラクセルⅡは逆に、組織が針や鉛筆のような、細長く深い熱変性を起こします。毛穴はアファーム。アクネスカーはフラクセルⅡが効果的でしょう。

Fraxeld フラクセルⅡはフラクセルⅠよりも痛みが少なくなり、施術の深さも深くなりました。また青い色素も必要なくなり、ニキビ跡のような、深い皮膚疾患には効果が高いと思います。スタンフォード大学(Stanford University)の皮膚科の女医であるZakia Rahmanが日本に来日した時のフラクセルの講義は素晴らしかったです。講義の後に、ディストリビューターであるJMEC社の好意で一緒に会食をしましたが、彼女の研究熱心さが非常に伝わりました。フラクセルを体のどこにどのくらいの深さで、どのくらいの密度で打つかを全て調節できるようになっていて、現状のフラクショナルレーザー市場では明らかに一歩先んじています。

Affirm アファームは1440nmの近赤外線および、CAP(The Combined Apex PulseTM)システムを使用した、最新フラクショナル・レーザー・リサーフェシング機器です。1440nmという光は、その水への吸収効率から、光老化の対象である300μm以下までしか届きません。その点痛みも弱いし、効果も浅いと言えるのですが、一般的に紫外線の効力のある部分の肌の入れ替えは出来ます。さらに米国ではランチタイムリジュビネーション(ランチタイムを使った肌の若返り)と言われているほど、約15分という短期間に施術を終えることが出来るのが魅力です。

アファームには1330nmの赤外線を同時に照射するアファームマルチプレックスという新機種が近々デビューする予定です。この機器はアファームの能力にプラスして、さらにたるみ引き締め効果を取り入れた機器で、大変期待が持てます。現在ワシントンDCのロバート=ワイス(Robert Weiss)医師、カルフルニア州サクラメントのエミル=タンゲッティ(Emil A. Tanghetti)医師、ロサンジェルスのロナード=モイ(Ronald Moy)医師、テネシーのブライアン=ビースマン(Brian Biesman)医師、ニューヨークのブルース=カッツ(Bruce E. Katz)医師の5人の医師(彼らは米国レーザー学会で私ともよく話をする仲です)が選ばれ、治験をしているところです。クリニックF院長の藤本は、フラクショナルレーザーの経験が日本で最も多い医師の一人であるため、日本で一番最初のアファームマルチプレックスをクリニックFに導入することを米国サイノシュア社から約束されています。

FDAFood and Drug Administration of the United States Department of Health and Human Service)米国食品医薬品局=日本の厚生労働省

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2007年6月11日 (月)

レーザーの歴史 その九 Fractional Laser Resurfacing

Fractional Laser Resurfacing 

2004年、ダラスのASLMS(米国レーザー学会American Society for Laser Medicine &Surgery)で、カルフォルニアのリライアント社が発表したFractional Laser Resurfacingは画期的な技術開発でした。ちょうど初めての技術発表のそのときに私は学会会場にいて、この講演を聞いていました。肌に細かい穴を開けて(正確には1550ナノメーターのエルビウムグラスレーザーを使用してミクロン単位で上皮を凝固させるのですが)肌を入れ替えるという全く新しい考えで、会場内に衝撃が走ったのを鮮明に覚えています。色素沈着が起こりやすいアジア人にとって、リサーフェシング(肌を入れ替える)施術ができることはまさに福音でした。私は日本の一台目のフラクセルを輸入し、多くの患者さんに使用し、とても感謝されました。

翌年の2005年以降、このフラクショナルリサーフェシングの技術を応用した器械が多く発売されました。基本的な情報と、FDAでの認可された適応疾患を書きますと

       Fraxel SR Laser:          

      1550nm Fiber Laser

      IOTS

      FDA: Pigmented lesions, resurfacing, melasma, periorbital rhytides, acne scarring and surgical scarring, coagulation of soft tissue.

       Affirm Laser:

      1440nm

      CAP, not fractional

      FDA: Periorbital wrinkles, pigmented lesions

       Lux IR Fractional:

      IPL 850-1350nm

      Stamping

      FDA: Coagulation of soft tissue

       Lux 1540nm:

      1540nm

      Stamping

      FDA: Coagulation of soft tissue

       Pixel Laser:

      2940 ablative Erbium

      Stamping

      FDA: Wrinkles, Skin resurfacing, epidermal nevi, spider veins, keratoses

       Mosaic Laser:

      1550nm

      Stamping (1 tip), Stationary Scanning [CHAOS] (3 tips)

なります。(写真はMosaic)私も20075月のオーストリアで行なわれたヨーロMozaic ッパ皮膚科学会に参加しましたが、イスラエルのシネロン社も、フラクショナルなポラリス(e-laserWR)を発表していました。多くのフラクショナルレーザーの販売が、この市場を作っているといえます。

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2007年6月 6日 (水)

レーザーの歴史 その八  肌を入れ替えるレーザーの登場

肌を入れ替えるスキンリサーフェシングレーザーの登場
波長が10600nmの炭酸ガスレーザーは、集光度合いの標的が水にあるため、生体組織には吸収されやすいのです。このレーザーは組織選択性が低いので、いぼや、盛り上がったほくろのような編成した組織を蒸発させることで簡単に除去ができました。この性質を利用して、焦点をぼかして肌に照射すると、正常な肌と病変の肌に差がなくほぼ同一の深さに影響を与えることができるのです。ダウンタイムはあるが、特に白人種では肌を入れ替えることができ、夢の肌の入れ替えレーザーとなりました。しかし、過度に熱変性を加えてしまうと真皮まで編成してしまうため、炎症反応が強くなってしまいます。また創面も炭化するため、治療が長引いてしまう性質があり、特にメラニン色素の多いアジア人には施術後の色素沈着症が問題となりました。
蒸散系のレーザーとしては、次にエルビウムヤグレーザーが生まれました。このレーザーは炭酸ガスレーザーよりも水への吸収率が高く、肌が均一に薄く削れる特長があります。また施術面が炭化しないため、創面がフレッシュになるため、その後に加工がしやすかったのです。 サイトンというレーザーが有名で、レーザーの王様と言われており、日本以外の東アジアでは最も売れているレーザーのひとつですが、色素沈着が多 く、日本人の肌 には馴染みませんでした。
2007012f292f382ff0122238_13472149

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2007年6月 5日 (火)

レーザーの歴史 その七 リフトアップレーザー

Polaris このサーマクールの成功を受けて、たるみすなわち形態的な老化に対しての治療法が模索されるようになりました。その対抗馬として、2003年にイスラエルのシネロン社がelosシステムをダイオードレーザーと組み合わせたポラリス(現e-laser WR) を登場させました。私は日本に初めに入った3つのポラリスのうち、ひとつを当時の六本木のクリニックに導入しました。このポラリスは痛みが少ないため、体のどの部位にも使用することができました。バストアップやヒップアップの体験症例も多くありました。

Xeo また、痛みのないサーマクールとして脚光を浴びた同じくカルフォルニアのCUTERA社からタイタンTitanという機器が2003年に発売されました。このタイタンは1100-1800nmという赤外線(IR)域の光が皮膚深くまで浸透するという性質を利用して開発されたたるみ治療機です。以後、タイタンとポラリス、サーマクールは学会会場でもたるみ効果の判定で、頻繁に比較されるようになりました。

Emax_2 2006年 シネロンはelosシステムとIRを利用した、リファームST(SKIN TIHGTNING)という機械を開発しました。カナダのトロントから2006年9月にDr. Stephen Mulhollandが来日し、この発表会があり、私も立ち会いました。リファームSTの効果は波長に比例します。つまり、同じ理論のポラリスよりも深い部分にエネルギーが照射されるのです。引き上げ効果はかなりのものです。 しかしながら、サーマクール、タイタン、ポラリスWR、リファームSTともに、それぞれ効果も得意とする分野も違います。患者さんのお顔の特性を生かしながら、それに合った施術を選択する必要があるのです。 クリニックFでは、このサーマクール、タイタン、ポラリスWR、リファームSTのどれもが体験 できますのでぜひご相談ください

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2007年6月 4日 (月)

レーザーの歴史 その六 サーマクールの登場

形態的老化(たるみ、しわ)へのアプローチ R F の登場 

2002年にはラジオ波(Radio freaquency)という電流を使用した治療法がASLMS(米国レーザー学会アトランタAtlanta)で発表されました。光やレーザーを利用するのではなく、電流を使用する治療を提示したのです。この治療はたるみに代表される「形態的老化」に効果を発揮します。単極(モノポーラ)RFであるサーマクール(ThermaCool)がカルフォルニア州のサマージ(Thamage)社より発売され、話題騒然となりました。

Thamage サーマクール(ThermaCool)は、電気メスのRF技術を利用した、顔のたるみを治療するために作られた機械でした。キースというアメリカ海兵隊上がりの50歳過ぎのCEOが、何年という開発期間を経てこの機械を市場に出したのです。サーマクール=サーメージには、大きく分けて二つの効果があります。

ひとつは、しわやたるみを改善し、肌を引き締めながらリフトアップする効果です。真皮層内のコラーゲンがRF(高周波)の熱により収縮することで、即効的に引き締め効果が現れます。

もうひとつは、コラーゲンの活性化による美肌生成。RFの熱で壊れたコラーゲン繊維が修復される過程で、大量のコラーゲンが作られ活性化していきます。

施術を受けた患者さんの感想は

・肌の張力を感じる

・頬が痩せたような気がする

・頬に張りが出てきた

・額に張りが出てきた

・鼻唇溝(ホウレイ線)が浅くなった感じ

・皮膚の内側に張りがある感じ

・額がつるつるした感じ

2週間後から毛穴がしまった感じ

・子供から皮膚感が違うと言われた

・痩せたと言われた ・アゴのラインがきれいになった

・直後からピーンと張った感じ

12週間で効果が出てきた

・頬からアゴにかけて小さくなった

・頬の小じわが改善されてきている

・眉が上がって目が大きくなった気がする

・皮膚にツヤが出てきた

・自分自身でも頬の変化を感じる

・痩せたと言われる

・口角が上がったと人に言われる

・・・というように上々でしたが、反面決定的な弱点として施術中の痛みがあり、これが特にクローズアップされることになります。痛みを軽減すべく多くの医師たちの努力によって、サーマクールの施術方法は下記のように毎年変わってきました。

2003年 アトランタ開催の米国レーザー学会(ASLMSサーマクール・デビュー 全顔ハイパワー照射法が奨励されました。

2004年 ダラス開催の米国レーザー学会(ASLMS) 

    ルイスエスパーザー医師によるアンカリングメソッド法の発表。痛みの少ない照射法が検討されました。 

2005年 オーランド開催の米国レーザー学会(ASLMS

    全顔マルチプルパスおよびベクトル法の発表。アンカリングメソッドを生かして、患者さん個々に合わせた、テーラーメードの照射法が検討されました。

2006年 ボストン開催の米国レーザー学会(ASLMS

    照射面積3cm2 従来の三倍のビッグチップ

    照射面積0.25cm2 のまぶたスモールチップ

    2つのチップの登場により、顔だけではなくて、ボディーに対しても効果的な治療法が検討されました。

2007年のAAD(米国皮膚科学会)ではより進化したThamage NXT (サーマクールネクスト) が登場し、照射スピードと操作性が格段に上がりました。 

Thamage_nxt_2

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2007年6月 2日 (土)

レーザーの歴史 その五 スキンリジュビネーション(肌質の若返り)のためのレーザー

スキンリジュビネーション(肌質の若返り)のためのレーザー

もともとレーザー光線には、肌の下のメラニンやコラーゲン、ヘモグロビン、水に作用する効果があります。IPLが開発されて、施術後すぐにメイクをして帰れるという「non-ablative skin resurfacing」の治療が始まって以来、レーザーを低いパワーで顔全体に照射することで、スキンリジュビネーション(肌質の若返り)を行なう治療が始まりました。この治療法は、Laser facial と呼ばれています。

Laser facialは通常のシミを取るレーザーに比べて低出力ですが、顔全体に数百ショットの照射を施すことで、痛みなく肌の茶色いシミや赤みが減少し、さらにテクスチャーでも「肌の張り」が出るため、非常に人気のある施術になりました。CUTERA社のジェネシスや、CYNOSURE社のEliteなどを使用したロングパルスのレーザーフェイシャルは定評があります。

2002年にJMEC社が日本にディストリビュートしたMAX engineering(現Lutronic)社のQスイッチNd:YAGレーザーであるSPECTRA VRM を使用し、マックスピールと呼ばれる黒いカーボンローションを使用したレーザーピーリングを紹介しました。 03p_01 この手法はGoldberg Dermatol Surg という雑誌に2001年に発表した方法を参考に開発されました。当初は世界的なスタンダードだったQスイッチNd:YAGレーザーはHOYA社のMEDLITEという製品でしたが、もともと、QスイッチNd:YAGレーザーはアメリカで刺青をとるために開発されたものでしたので、それに適したように、安定した出力と5mmのスポット径、さらにビームプロファイルが山のような形をしたガルシアンと呼ばれるモードになっていました。

レーザーピールという観点では、SPECTRA VRMには、MEDLITEを上回る性能が二つありました。ひとつは照射径の大きさが大きいこと。もう1つはレーザーのビームプロファイルがトップハットと言われる出力が均等なものであることでした

Beam_mode レーザーのスポット(照射半径)に必要なエネルギーは、その半径の二乗に比例します。すなわち、7mm の径と5mmの径で、同じパワーの出力を求めたい場合、半径を二乗しますと一方では7×749 5×5255mm径を7mm径にするためには機械的には、ほぼ倍(2549に)の出力を持つ製品でなければならなかったのです。SPECTRA VRMは当時のQスイッチNd:YAGレーザーとしては珍しく、7mmの径の照射が可能でした。同時にレーザーのビームプロファイルも、先端のパワーが均一のトップハットのものでした。

このレーザーは当時としては「なすすべがない」と言われていた毛穴の治療に効果があったためマックスピールの名前で広まり、私も何編か論文を書かせていただきました。

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2007年6月 1日 (金)

レーザーの歴史 その四 IPL(フォトフェイシャル)の登場

画期的な色彩的老化(シミ、くすみ)の治療法 

IPL(フォトフェイシャル)の登場

1999 シモン=エックハウスが提唱した光治器=intenced pulsed lightフォトフェイシャルが米国ルミナス社で発売されました。 レーザーのような単一波長ではなNatulight く、カメラのフラッシュに似た、ある程度の光のバンドを持った治療器です。照射直後からメイクができるというコンセプトの元、かさぶたを作らないノンアブレイティブ治療というあらたな概念を作り、日本でも一世を風靡しました。

いわゆる「フォト治療」や、「フラッシュランプ治療」というのはこのIPLを指します。フォトフェイシャルというのは、戦闘機の塗装をはがすために発明された軍事機密の一つだと聞いたことがあります。戦闘機やジェット機は機体が大きいため、塗料の重さもずいぶんと多くなってしまうようなのです。当初この治療機が紹介された時は、医師の間では全く効果がないといわれていましたが、効果は医師ではなく世の中が判定します。エックハウスはこの発明によりビリオネアになりました。

2002年には、オーロラ(現e-light SR)という、IPLの技術と双極RF(後述)技術を合わせたイスラエルのシネロン社elosシステムが開発されました。

シネロン社のオーロラ(Aurora) は、シモン=エックハウスが技術者 としてスピンアウトし、カルフォルニア州の開業医であるパトリックビターJr.医師が開発にか関わりました。私自身も日本におけるもっとも初期のオーロラユーザーの一人ですが、シミだけが浮き上がり、ぼろぼろととれてしまう仕組みに感動し、患者さんにより満足できる施術が開発されたと、感心しました。日本では300台以上が売れたヒット商品となりました。

Aurora 光治療機はシミを消すために様々な機器が開発されてきましたが、2004年にシネロン社から発表されたオーロラプロ(スーパーオーロラ、オーロラ SRAともいわれます)は、それまでのオーロラの波長を100nm紫外線域に振り、パルス幅を半分にすることで、シミへの効果をあげたものでした。今までのオーロラを“やすり”と表現すれば、オーロラプロは“ナイフ”のようにシミを切り取る効果がありました。使用方法に気をつけなければ、火傷のリスクも上がるのです。今までのオーロラでは取れなかったシミが浮かびパラパラと落ちていく様は、まさに驚きでした。

ちょうど同じころ、カルフォルニアのCUTERA社ではアキュチップ(AcuTip 500)という直径6.35mmのチップを使用したフラッシュランプのシミ治療器を開発しました。小さい径ですが、非常に切れ味のよく、使いやすい治療機となりました。

Xeo_1 2006年には同じCUTERA社よりライムライト(LimeLight)という光治療機が登場しました。この治療機は、520-1100nmという、赤いヘモグロビンにも、茶色いメラニンにも反応する波長を使用し、より改良したIPL です。

 

オーロラ(現e-light SR)、オーロラプロ(現e-light SRA)、ライムライト、アキュチップは、それぞれ効果も得意とする分野も違います。患者さんのシミの特性を見ながら、それに合った施術を選択する必要があるのです。

クリニックFは、色素系疾患へのアプローチとしてオーロラ(現e-light SR)、オーロラプロ(現e-light SRA)、ライムライト、アキュチップのすべてが選択できる数少ないクリニックとなっています。

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2007年5月30日 (水)

レーザーの歴史 その参 あざやほくろに効くレーザーの登場

あざやほくろに効くレーザーの登場

レーザー光線は、波長によって肌の下で反応する物質が変わる・・・という話はロックス=アンダソンによって指摘されましたが、肌の下の組織は、水・メラニン・ヘモグロビン・タンパク質の4つになります。 脱毛レーザー開発とほぼ同じ時期Photo_6 に、あざやほくろをとるためにメラニン吸収を主体にしたレーザーが開発されました。

主に初期に使われたのが波長が694nmのルビーレーザーでした。 この波長はメラニンへの吸収性がよく、それに比較してコラーゲンやヘモグロビンへの吸収率が低いため、茶色いメラニンには使用しやすかったのです。

Stones_ruby2 この種のレーザーでも技術革新が進みます。実際にレーザーを照射する時間を「パルス幅」というのですが、この幅が短ければ短いほど、組織に対して熱が伝わる時間が短くなり、標的組織を破壊する能力が高くなるため、メラニン色素をとるためのレーザーはこのパルス幅を短くする技術の競争になりました。

パルスの幅がミリセコンド(1/1000秒)単位のものをロングパルスレーザー。その1,000分の1単位のマイクロセコンド(1/1000000秒)単位のものをノーマルパルスレーザー。そのまた1,000分の1単位のナノセコンド(1/1000000000秒)単位のものをQスイッチレーザーと言います。

Photo_7 Qスイッチレーザーは694nmQスイッチルビーレーザーを初めとして、755nmQスイッチアレキサンドライトレーザー、さらに1064nmQスイッチNd-YAGレーザーが開発されました。これらのレーザーは、いったんあざやほくろにレーザーを打ち込むと、この写真のように、まず色が白く変化し、じわじわと出血が始まり、色が変わり、3週間ぐらいでかさぶたととにもあざやほくろが取れるというものでした。

レーザーの歴史上、ここまでをablative resurfacingと言います。肌にいったんかさぶたを作って数週間後に肌を治そうという考えだったのです。しかしながら、施術後にすぐにメイクをして帰れるというnon-ablative skin resurfacingの技術が開発されたことによって、光治療器やレーザーを使用した肌の若返り療法は一気に加速します。

いわば、レーザーや光治療器は、ほくろやシミを対象とした手術室の“メス”から、顔全体のホワイトニングやリフティングを行う“進化した美顔器”的な存在に変化してゆくわけです。

明日のお題は「画期的な色彩的老化(シミ、くすみ)の治療法・IPL(フォトフェイシャル)の登場」です。

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2007年5月29日 (火)

レーザーの歴史 その弐 東洋人における脱毛レーザーの応用

東洋人における脱毛レーザーの応用

Lpir 1996年、アメリカのフルモト(日系人)が、有色人種にも対応できる最初の脱毛レーザー、サイノシュア社LPIR(ロングパレスアレキサンドライトレーザー)を開発しました。

それがアレキサンドライトレーザーです。アレキサンドライトという人工宝石を用いて755nmという波長を出すレーザーでした。日本にも、その翌年である1997年に株式会社JMEC により輸入されました。

その後、よりパルス幅(照射時間)が短いキャンデラ(Candela)社のアレキサンドライトレーザージェントルレーズ(GentleLASE =冷却ガスとともに照射さGentlelase れるレーザーが日本に入ってきました。パルス幅が短いことによって、より細い毛にも対応可能となったのです。

さらに、ルミナス社(旧コヒレント社)より、半導体を使ったダイオードレーザーライトシェア(Light Sheer が登場しましLightsheer_sm た。ライトシュアは先端のハンドルピースに冷却装置がついているため火傷を起こしにくく、パルス幅も1秒当り530ミリと広くなっています。レーザーの性質上、不得意分野とされているうぶ毛の脱毛にも効果を発揮し、男性のヒゲの脱毛にも利用されています。このダイオードレーザーは、19994月に世界初の「永久減毛(Permanent Hair Reduction)」のFDA承認を受けました。

次に脱毛の世界に入ってきたレーザーが、ロングパルスヤグレーザー(波長1064nm)です。 肌の色の濃いApogee_elite 部位や毛根の深い場所の脱毛に最適なレーザーで、メラニン色素への吸収率は波長が長いほど低いため、1064nmのヤグレーザーは色素が多い肌には有利になるのです。日焼けした方の細く薄い毛を処理することもできます。メラニンに対する吸収率が高くないので、照射エネルギーをあげてもヤケドを起こす可能性はずっと減少します。最近アメリカでは、黒人やヒスパニッシュの脱毛に多く用いられています。

明日は、あざやほくろに効くレーザーの歴史について書きます

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2007年5月28日 (月)

レーザーの歴史 その壱 レーザー発想の誕生と黎明期 

今日から数日間にわたって、自分の専門でもあるレーザーの歴史についてこのブログで触れたいと思います。今日はレーザーの理論の誕生と、脱毛レーザーについてです。

レーザー発想の誕生と黎明期

ノーベル物理学賞を受賞したアインシュタイン1920年代半ばに行った研究である「誘導放出の研究」という論文がレーザー発想の原点です。

Index15_02 Photo_11ここ数十年は、皮膚科領域だけ ではなく、外科手術などの他の医学領域や、工学部門でレーザーが活躍する時代となりました。いわばレーザーの発展期と言えます。

1954年に、C. H. Townes (タウンズ)Schawlowらが、電波の一種のマイクロ波を強力にまっすぐに送り出す装置である「アンモニア分子線メーザー」を開発しました。

LASER=Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation)の最初のLLightではなくてM (Microwave) でした。つまり1950年代は、“Laserではなくて “Maserだったのです。

1960年にはアメリカのT.H.メイマンがルビーの結晶を使い、光を強力に直線的に送り出すレーザー発振装置を開発しました。これが近代レーザーの発祥です。1960年代にはレオン・ゴールドマンが、世界初のルビーレーザーで子供の皮膚の血管腫の治療が行いました。彼はこの功績から「レーザー治療の父」と呼ばれています。

レーザー脱毛器の誕生

001_2 1983年、ハーバード大学皮膚科ウェルマン皮膚研究所のロックス・アンダソンとJ.A.パリッシュが「Selective Photothermolysis(選択的光熱融解理論)」という論文を著名な科学雑誌サイエンスにアクセプト(採用)させました。(Anderson & Parrish, Selective Photothermolysis, Science, vol.220, page 524-7

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この理論は、「(レーザー光の)波長、光の照射継続時間(パルス幅)、単位面積あたりに照射する光エネルギー量の適切な組み合わせによって、生体の限定された領域に光熱分解を生じさせることができる」 というものでした。

光の波長(Wavelength照射持続時間(Pulse dilation、そして単位面積当たりのエネルギー量(Fluence3つの要素を調節して照射すると特定の色素、細胞、そして細胞内構築物を選んで、融解する、もしくは組織の急速な温度上昇に起因するショックウェーブの機械的な力で組織を破壊することができるという理論です。この論文では、標的色素のうち、微小血管のオキシヘモグロビンと、メラノゾームのメラニンの二つの色素について特に詳しい記載があります。

この実験の際に、ロックス・アンダソンのチームが、レーザーを使用して目の周りのアザの治療を行っていた時に、眉毛が生えてこなくなったという事実に着目しました。この事実から、「レーザーを使っての永久脱毛の可能性」を見出したとされています。

そして1996年、M.グロスマンによって、ルビーレーザーを用いた 世界初の脱毛機が誕生する運びとなったのです。このレーザーは、皮膚表皮にメラニンが少ない白人にのみ対応可能で、有色人種の皮膚の表面に含まれるメラニン色素に過剰反応してしまい、光が毛根まで届かなかったり表皮に火傷を負わせてしまうなどの結果を招きました。

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